マリコと乃里子





翌日。
頭の包帯は取れないものの、退院したマリコは土門とともに東京駅へ向かった。

「こんにちは」
マリコが分駐所に入ると、全員が動きを止めた。

「榊さん。土門刑事」
一人動いて出迎えてくれたのは乃里子だった。
「すみません。みんなに話はしておいたのですが……」
「驚きますよね?鏡を見ているようですもの」
マリコは乃里子と向き合うとそう言った。
「本当に。病院でも何度も双子と間違われましたよ…」
二人はプッと吹き出して、くすくす笑う。
まるで本当に双子のようだ。

「お二人はこれから京都に?」
「いいえ。私は出張の目的を果たさないといけないので、明日まではこちらにいます」
「そうですか…くれぐれも気をつけてくださいね。土門刑事は?」
「榊の護衛です」
初耳だったマリコは、え?と土門を見上げた。
「刑事部長命令だ」
「藤倉部長が……?」
「何にしても、怪我をしている榊さんを一人にするのは気になっていたので、土門刑事が一緒なら私も安心です」
そういうと、乃里子はちらりと土門を見た。

「さて、私もパトロールの時間なので、途中までお送りします」
乃里子の申し出を受けた二人は、野川課長と分駐所の捜査員へ『お世話になりました』と頭を下げると、乃里子の後に従った。



「この出口が、宿泊先のホテルへは一番近いですね」
「ありがとうございます、花村さん」
「いいえ。榊さんとは不思議なご縁を感じます……一度ゆっくりお話したいですね。東京へいらしたときは、また寄ってください」
「はい、ぜひ!」
マリコと乃里子は握手を交わした。
共に信念と矜持を持った女性同士…交わした手のひらから、二人は確かな温もりを感じた。

「土門刑事。お世話になりました」
乃里子はまっすぐに土門を見つめる。
「自分のほうこそ…。花村さんのご活躍を祈っています」
「ありがとうございます」
そう答えると、乃里子はふわりと微笑んだ。

「それでは…」
改めて二人に会釈すると、乃里子は土門の脇をすり抜けて、反対方向へ一歩を踏み出す。
そのとき、土門にだけ聞こえる小声で『土門“さん”。大切にしてくださいね……』と、何を、とは告げず乃里子は去っていった。



二人は八重洲口を出たところで、赤信号に足を止めた。

「驚いたわ……。この前の霞検事といい、花村刑事といい…」
「案外、よくある顔なのかもな……」
「失礼ね!」
つん!と顔を背けるマリコに、土門がハハハ、と声をあげて笑う。

「それより…、土門さん。本当に藤倉部長から護衛を頼まれたの?」
「ん?」
「だって、何だかおかしいわ?」
「バレたか?実は、明日は有給を取った」
「え?……いいの?」
「藤倉部長も、判をついたんだ。護衛を認めたようなもんだろ」
「……」
「どうした?」
「ううん。やっぱり少し不安だったから…。ありがとう」
素直に嬉しいとは口にしないが、その顔を見れば、土門にはお見通しだ。

「花村さんにも頼まれたからな……」
「え?」
「いや、何でもない」


見れば、車道の信号は黄色の点滅を始めていた。
二人の目の前で男女の載った白いスカイラインが停車する。
助手席に座った女性はどことなくマリコと似たようなシルエットだ。

やがて歩行者信号が青に変わると、視覚障害者のための音楽が流れだした。
マリコと土門は、夕食に何を食べようか?と他愛ない会話を交わしながら、横断歩道を渡っていく。


だが、マリコはまだ知らない。
これからの24時間で、3人目の自分と深く交錯することを……。




fin.



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