マリコと夕子
「失礼します」
土門が科捜研へやってきたのは、もうずいぶんと遅い時間だった。
明日からの激務に備え、1名の研究室以外は灯りが消え、すでに帰宅済みであることがうかがえる。
「まだ帰らないのか?」
扉から顔だけのぞかせて、マリコに訪ねる。
「うん……解剖結果に気になるところがあって」
「風丘先生も、もう大学にはいないだろう。明日確認したらどうだ?」
「そうね。明日にするわ」
「よし、じゃあ帰るか。支度しろ」
「うん」
着替えを終えたマリコが研究室を出ると、外で待っていた土門が近づいてくる。
何も言わずマリコのトートバッグを取り上げると、スタスタと歩き出す。
気になることが残っているマリコのバッグは、いつも専門書と資料でずっしりと重い。
土門はそのことをよく知っているので、今日みたいな日にはいつも黙って荷物を持ってくれる。
そんな特別な優しさを感じて、マリコはふふっと笑う。
「なんだ?」
「ううん、何でも。そうだ!土門さん。霞検事はまた京都へ来るのかしら?」
「何でだ?」
「また会いたいな、と思って。あんなに自分と似てる人、この先出会えるかわからないでしょ?」
「あははは!お前たち、本当によく似てるな!霞検事も全く同じようなこと言ってたぞ。またお前に会いたい、って」
そこまで言ってから、ふと土門は思い出した。
「いや…。決定的に違うところがあった!」
「えっ、なに!?」
「検事はなぁ……」
土門は顎に手を当てて、勿体ぶる仕草を見せる。
「な、なに?」
「既婚者で、娘さんがいるそうだ!」
「………」
「そこがお前とは決定的に違うな。今日も帰りがけ、娘さんへの土産を買っていた」
「…そう。娘さんが……」
「羨ましいか?」
少しだけ意地悪く、土門は聞いてみた。
「ぜんぜん!だって、私も望めば叶うことだもの。……そうでしょ?」
土門の顔を下からのぞきこむマリコの瞳が、きらりと光る。
苦笑だけを返して、土門は歩き始めた。
「よくわかってるじゃないか。だが、いつになったら望むつもりなんだか……」
ボソリとこぼれた本音と、
――― 俺はいつでも構わんがな。
心の中の呟きまで…。
そろそろマリコにも伝わっている……かもしれない。
fin.
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