マリコと夕子
「おはようございます!」
マリコが府警の入口に立つ警官へ足早に挨拶する。
敬礼を返した警官は、続いて入口を通る女性に気づき、思わず目を擦った。
後ろを振り返ると、背格好がうり二つの女性が歩いて行くのが見えた。
「桜木くん、捜査一課はどこかしら?」
「聞いてみます」
桜木と呼ばれた男性は、前を歩く女性に声をかける。
「すみません、お尋ねしたいことが………!?」
はい?と振り向いた女性の顔を見て、桜木は息をのみ、口を開けたまま固まった。
「あの?」
声をかけられた女性、マリコは男性の様子を不思議そうに見ている。
「桜木くん、どうかしたの?」
「「あらっ!!」」
まるで鏡を見ているかと錯覚するほどに、自分と同じ顔をした相手を目にして、驚きから口に出た言葉も互いに同じ。
しかし、この二人を普通の女性と同じ尺度で計ってはいけない。
その証拠に、一瞬の後には今の状況を飲み込み、興味津々と互いに挨拶を交わし始める。
「私は東京地検の霞夕子と申します。東京で起こった事件の確認に参りました」
「東京地検の検事さんでしたか!私は京都府警科学捜査研究所の榊マリコです」
マリコは夕子の差し出した名刺を受けとり、会釈する。
続けて、事務官の桜木です、と先程呼び止められた男性からも名刺を受け取った。
「実は京都府警は初めてなもので、捜査一課の場所を探しています」
「そうですか。それなら……」
府警の玄関口で和やかに会話を進める二人だったが、時間が経つにつれ、明らかに周囲に人だかりができはじめていた。
――― おい、誰だあれ?そっくりだぞ!
――― 榊さんて、双子だったのか?
似たような疑問の声があちらこちらから聞こえる。
その人垣に、出勤してきた土門が眉をひそめる。
「何事だ?」
人だかりのわずかな隙間を見つけて、のぞきこんだ土門は、目の前の光景に唖然とした。
榊が二人?
……そんな訳はない、とかぶりを振って土門は一歩進み出た。
「榊」
「あっ、土門さん!おはよう。ちょうどいいところに……」
マリコは、ちょっといい?と土門を呼ぶ。
「なんだ?」
「土門さん、こちら東京地検の霞検事と、事務官の桜木さん。捜査一課にご用があるんですって。霞検事、こちらは捜査一課の土門刑事です」
マリコの紹介を受けて、土門が居ずまいを正す。
「お話は藤倉刑事部長から聞いています。しかし……迎えの捜査員が京都駅で待機していたはずですが?」
「すみません。検事の希望で始発の新幹線で来たものですから」
事務官の桜木が申し訳なさそうに頭を下げる。
「そうですか、わかりました。それではまず刑事部長室へご案内します」
土門はマリコへちらっと視線を送ると、来客2名を連れてエレベーターへと向かった。
「マリコさんて双子だったの!?」
人垣に紛れ込んでいた呂太と亜美が目を丸くして、マリコのもとへやってきた。
「二人ともおはよう。…そんなわけないでしょ、他人の空似よ」
もう全く気にしていない様子のマリコは、行くわよ、と科捜研の方角へ歩きだす。
呂太と亜美も慌ててマリコを追いかけた。
出勤して間もなく、殺人事件の一報が届いた。
科捜研からも日野以外のメンバーが臨場する。
マリコはご遺体を確認し、黙祷を捧げるとすぐに検視にとりかかった。
少し離れた場所では、土門ら捜査員が忙しなく動き回っている。
そんなときに、規制線を越えて一組の男女が現れた。
「霞検事!?このような場所に、何かご用ですか?」
蒲原が焦って夕子のもとへ駆け寄る。
「今回の被害者は、我々の手がける事件と関係があります。事件の状況を把握するには、現場が一番、というのが検事の持論です」
桜木が夕子に代わって説明する。
その間にも夕子は顔色ひとつ変えず遺体とその周囲に目を走らせる。
その様子を見ていた土門は『あの手の顔は現場第一主義なのか?』と苦笑しつつ、けっこう本気でそう思った。
「榊さん?どうして科捜研のあなたが現場に?」
ご遺体の側にしゃがみこみ、くまなくその体を調べているマリコに、夕子が声をかけた。
一方のマリコも、検事である夕子が臨場していることに驚いていた。
「霞検事こそ、なぜここに?私は検視を兼ねて、いつもできるだけ臨場しています。現場にはあらゆる証拠が残っていますから」
「私も同じです。現場はすべての原点だと思っています」
凛として互いの信念を語る二人は、そのみてくれだけでなく、何もかもよく似ている。
そして、そのことを特に気にも止めず、自分のなすべきことを淡々と進めるあたりも…そっくりである。
ご遺体は解剖にまわされることになり、マリコは立ち合いのために洛北医大へ向かった。
その解剖結果を待って行われた捜査会議で、この事件は警視庁との合同捜査となることが決まった。
そのため、夕子は一度地検へ戻り、現状報告と今後の指示を仰ぐことになったのだった。
京都駅まで見送りにきた土門は、藤倉に頼まれた土産物を夕子へ手渡した。
「ありがとうございます。土門刑事、科捜研の榊さんて、とてもユニークな方ですね。私、自分にあそこまでよく似た人に会ったのは初めてです。またぜひお会いしたいわ」
「きっと、榊も同じように思っているでしょう。伝えておきます」
「検事!お土産はこれでいいですか?」
売店から戻った桜木が紙袋の中を、夕子に見せる。
「桜木くん、この八ツ橋のセット…五色豆も入っている?なっちゃんの好物なんだけど……」
「五色豆は別に一箱買っておきました」
「そう、ありがとう」
ほっとしたような表情で、優しげに微笑む。
その顔は検事というより……。
ちょうどそのとき、夕子のスマホが着信を告げる。
その場から1、2歩離れて、夕子は電話を受けた。
「それは、検事のご家族へのお土産ですか?」
土門の質問に、桜木は、ええ、といつもより柔らかな口調で答える。
「五色豆は検事のお嬢様の大好物なんですよ」
「……そうですか、娘さんが居られるんですか」
「はい。本当は今日、合唱コンクールの応援に行くはずだったのですが、キャンセルになってしまったので…。せめてお土産だけでも、とお考えになったのでしょう」
桜木は電話を続ける夕子を見つめ、細縁眼鏡の眉間部分に中指を当てて押し上げた。
「検事という仕事も大変ですね、桜木さんも……」
土門の言葉の先を読み取った桜木は首をふる。
「いいえ。私は…検事を尊敬していますから、一緒に仕事ができるだけで十分です」
「桜木くん、お待たせ。そろそろ時間ね」
電話を終え、戻ってきた夕子は『検事・霞夕子』の顔に戻っていた。
「土門刑事、また近いうちにお会いすることになると思います。その際はよろしくお願いします」
夕子は土門へ手を差し出した。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
握り返した手のひらは、マリコのものより少しだけひんやりとしていた。
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