きみが好き
「ん?雪か……。冷えるわだけな」
土門が仕事を終え、外へ出ると、粉雪が舞っていた。
こんな日はさっさと家に帰って布団にくるまるに限る、と足早に車へ向かう。
しかし、その途中ではたと足を止め、スマホを取り出した。
開きなれたアカウントへLINEを送る。
そのまま歩きながら返信を待つが、既読すらつかない。
仕方なく土門は電話をかける。
呼び出し音がむなしく続くばかりで、繋がる気配はない。
土門は一瞬の思案の後、足を戻した。
しかし、ちょうど前方に見知った男を見つけた。
「宇佐見さん!」
「土門さん。お疲れさまです。今からお帰りですか?」
「お疲れさまです。ええ。宇佐見さん、榊はまだ……?」
「いいえ。マリコさんでしたら、一時間ほど前に帰られましたよ」
「そう…ですか。まさか、自転車ですか?」
乗り出すように問いかける土門に、いえいえと手をふり、宇佐見は苦笑する。
「もう雪が舞い始めていましたから、タクシーを呼んでいましたよ」
「ありがとうございます」
ほっと安心した顔をする土門に、宇佐見は他に報告することもないだろうと、会釈してその場を離れた。
途中コンビニに寄るのも面倒になり、土門はそのまま帰宅した。
マンションの扉を開けると、見慣れた靴がきちんと揃えて置かれ、部屋からはわずかにテレビの音が漏れ聞こえる。
それだけで、じんわり温かくなる気持ちが心地よく、土門は『ただいま』と呟いてから部屋に足を踏み入れた。
テーブルには手つかずの惣菜とおでんがならんでいた。
そしてソファの上には、クッションを抱き締めたまま丸くなる眠り姫が一人。
土門が手近にあったブランケットをかけると、眠り姫は目を擦りながら起き上がった。
「ん…。どもんさん?…お帰りなさい」
「ああ」
土門がすっとその頬に手を当てると、マリコは反射的に目を閉じ、自分の手を添えた。
室内にいたはずなのに、ヒヤリとしたマリコの手に土門は驚いた。
「手、冷たいな」
「末端冷え性なの。冬はいつでもこうよ」
マリコは苦笑する。
土門はマリコの隣に腰をおろすと、マリコの左手をとる。
爪先から手の甲へと口づけながら吐息を吹き掛ける。
「ど、土門さん…」
マリコが戸惑ったような声をあげる。
しかし、土門の唇は今度は手首から手のひらを這い、爪先へと戻る。
そして、そのままパクリと口に含む。
「んっ……。ど、土門さんのエッチ!」
「よく言う……物欲しそうな顔してるのは、誰だ?」
赤い顔のマリコをニヤリと見下ろし、土門はマリコへと距離を詰める。
「お、おでん買ってきたの!食べましょう!」
マリコは必死で手を伸ばし、土門を押し返す。
しかし、土門は逆にその手を引っ張ることで、マリコを捕まえることに成功した。
「すまんが、おでんは後でもらう。今はこっちだ……諦めろ」
小さな唇を啄み、土門はマリコをソファへと押し倒す。
「んもぉ!それならおでんの玉子は私がもらうわよ!」
必死に抵抗しながら、負けずに言い張るマリコに、『いいぞ』と土門は答えた。
「それは、君(黄身)が好きってことだろう?」
「!?」
「安心しろ。俺も玉子は好物だ」
土門はぐうの音もでないマリコの殻をせっせと剥いていく。
次第に真っ白な白身がのぞく。
大好きな黄身(君)に触れるまで、あと少し。
fin.
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