つり合っているとか、いないとか
科捜研へ戻ってから、マリコは星崎の言葉の意味を考えていた。
彼女の理想とするパートナーに、土門はふさわしいだろう。
自分と土門の間には、長い時間をかけて築いてきた絆がある。
――― でも、それは絶対だろうか?
もし星崎に思いを告げられたら…、土門はどうするのだろう?
研究室のガラスから、点検作業をテキパキと行う星崎が見えた。
美人で仕事もでき、社交的な彼女は、男性にはとても魅力的に見えるだろう。
頑固で仕事しかできない自分とはまるで違う……そんな風に考えて、マリコの心は深く沈んでいった。
そして点検の最終日。
マリコが京都医科歯科大学から戻ると、すでに星崎は作業を終え帰宅していた。
日野は出張、宇佐見は半休を取っている。
亜美と呂太も、珍しく早くに退出してしまったらしい。
科捜研にはマリコ一人だけだった。
そのとき、スマホが着信を知らせて震えた。
「はい、亜美ちゃん?」
『マリコさん、今、科捜研ですか?』
「ええ。ちょうど戻ってきたところよ」
『実は急遽、星崎さんの慰労会を刑事課とすることになって。マリコさんもよかったら来ませんか?』
亜美の背後から、呂太と蒲原の声も聞こえる。
蒲原がいるということは、土門も一緒なのだろう。
「ごめんなさい、まだ鑑定が残っているの。星崎さんにはよろしく伝えてもらえるかしら?」
了解です!と返事が聞こえ、電話は切れた。
「はぁぁぁ…」
心の狭さが嫌になる…。
醜さがどんどん外へあふれ出しているような気がして、マリコはポーチからコンパクトを取り出すと、自分の顔を覗いた。
「!?」
鏡に映りこんだ人影に、慌ててマリコが振り返る。
「土門さん!?」
「何の鑑定が残ってるんだ?うちから出しているものはないはずだが…?」
亜美との電話を聞かれていたらしい。
嘘をついた気まずさから、マリコは顔を背けた。
「土門さんこそ、なんでここにいるの?星崎さんの慰労会は?」
「………」
土門は、マリコの様子がおかしいことに気づいたが、問い詰めることはしなかった。
「俺は……その、予定があってだな……」
「予定?って何の?」
マリコの方も、歯切れの悪い土門の様子に首を傾げた。
「…………」
しばらく腕組みしたまま考え込んでいた土門だったが、意を決したように、こう言った。
「俺がそれを話したら、お前もさっきの電話の件、正直に話せよ?」
「えっ?」
マリコがいいとも、悪いとも答える前に、土門の力強い視線が口答えを封じた。
「……わかったわよ」
「よし。俺は…お前が京都医科歯科大へ行ったまま、まだ戻らないと聞いて……また例の解剖医と何かあったんじゃないかと思ってだな……」
「……もしかして、心配して待っていてくれたの?」
「こんな時間に、自転車で帰るのも危ないだろう。お前も一応、女だしな」
「一応…って、失礼ね。もぉ」
マリコは怒った振りをして笑った。少しだけ心が軽くなった気がした。
「俺は話したぞ。お前も白状しろ」
「うん……。でも、土門さん、軽蔑しちゃうかも」
自嘲するマリコのあまりにも儚げな表情に、思わず土門はそっとその頬に手をやった。
「何の理由もなく、お前を軽蔑することなんてありえない。大丈夫だ。ちゃんと話してみろ」
「…ん」
土門を見上げるマリコの瞳にはうっすらと涙の膜が張っていた。
「この前、星崎さんが土門さんのジャケットを持っていて、それを土門さんに渡しているところを見たの。そのあとで、星崎さんと話をしたのよ。彼女、土門さんのこと……。それから、何だか気持ちの整理がうまくつかなくて……。私、どうしちゃったのかしら。星崎さんと自分を比べても仕方ないのに。でも彼女は、土門さんと釣り合うくらい背も高くて、美人だし。仕事もできるし。社交的で女性らしくて……。なんて、こんな醜いことばかり考える私は、何一つ叶わないわね」
そして、透明な涙が零れ落ちた。
「榊………」
土門の指がマリコの涙をぬぐう。
そして……。
「お前って奴は、……本当に鈍いな」
土門は心底呆れたというように首を振る。
「お前は自己評価が低すぎる。俺がどれだけ、他の男たちを牽制してると思ってるんだ。現に、今日だってお前と佐沢先生のことを心配していた、と話しただろうが……。少しは自分の容姿を自覚して、行動しろ!」
まったく…、と苦虫を潰したような顔でマリコを見つめる。
「それに……」
伸びた腕がマリコを抱きしめる。
「俺は結構気に入っているぞ。…このサイズ感」
マリコの体はすっぽりと土門の腕の中に収まる。
少しずつ、マリコの心の澱が溶けてゆく。
「それだけじゃない。お前のことを女らしく感じなかったら、こんなことはしない……」
そう言って、マリコの耳たぶに唇を寄せる。
「この柔らかな感触も……」
土門の手が頬をなで、首筋をたどり、おとがいに戻る。
「そして、甘さも……。全部気に入っている……」
わななくように小さく開いた唇を、土門は思う様味わうのだった。
「忘れるな。これから先もお前の代わりはいない」
fin.