つり合っているとか、いないとか
科捜研には沢山の特殊な機器がある。
それらは搬入後時間が経てば、当然古くなって部品が摩耗したり、アップグレードが必要になる。
そのため数年に一度、民間企業による、京都府警本部全体を対象とした保守点検が行われる。
「今日から3日間の予定で、科捜研全体の保守点検をお願いする星崎主任だ」
藤倉に紹介され、一歩前に歩みでたのは、すらりとした長身にスーツを着こなし、整った顔立ちにウェーブヘアがよく似合う美女だった。
「
柔らかい物腰で如才なく挨拶をこなすあたり、相当に“できる人”なのだろう。
「では、日野所長。後はお願いします」
そう言い残し、藤倉は刑事部へ戻っていった。
「ようこそ、科捜研へ。所長の日野です。ええと、所員を紹介しますね……まずは、法医担当の榊マリコくん」
「榊です。よろしくお願いします」
「その隣が、化学担当の宇佐見裕也くん」
「よろしくお願いします」
「それと、物理担当の橋口呂太くん」
「呂太だよ~、よろしく」
「すみません、何というか…おおらかな性格な子なもので。最後の彼女が、画像分析担当の涌田亜美くんです」
「よろしくお願いします!(敬礼)」
全員が順番に頭を下げていく。
「それじゃ、あとは星崎さんの指示に従ってね。星崎さん、お願いします」
「はい。それでは、まず涌田さんのブースから始めさせていただきますね」
「了解です!」
「失礼します。榊は……?」
土門は科捜研の入口で、亜美に声をかけたつもりだった。
「?」
しかし、そこには見知らぬ女性がいた。
「榊さんなら、ご自分の研究室にいらっしゃいますよ」
「はぁ、どうも……」
「あ!マリコさん。土門さん来てますよ」
マリコの研究室を間借りしている亜美が、土門に気づいた。
「土門さん」
マリコは鑑定書を持って部屋を出た。
「おぅ。鑑定書できてるか?」
「ええ。はい、これ」
そこで、マリコは星崎の存在に気づいた。
「土門さん、こちら点検に来られている星崎さんよ。星崎さん、捜査一課の土門さんです」
「捜査一課の刑事さんでしたか。初めまして、星崎と申します。後ほど、刑事課の方へもご挨拶に伺います。よろしくお願いいたします」
「いえ。こちらこそ、お願いします」
お互い簡単な挨拶を済ませると、土門は鑑定書を持って戻っていった。
その日の夜、捜査二課へ鑑定書を届けに行ったマリコは、廊下で談笑する刑事たちと星崎を見かけた。
珍しくその輪の中には、土門もいた。
そういえば……と休憩中の星崎の言葉を思い出す。
彼女は、夕方から刑事課の点検作業を確認しに行く、と言っていた。
こちらを見ていたマリコに気づいて、土門が右手をあげて近づいてきた。
「榊、一課に用か?」
「いいえ。今、二課に鑑定書を提出してきたところなの。楽しそうね。みんなで何を話しているの?」
「ん?あのスマホ持ってる奴が、子どもの運動会の動画を見せているんだ。なかなか足の速い子でな。みんなで盛り上がっていた。……ところで、今日はもうあがりか?」
「ええ、そのつもり。土門さん、ご馳走さま!」
「おい!まだ何も言ってないぞ。(笑)……15分後に玄関でいいか?」
OKのサインを見せると、マリコは帰り支度をするために、科捜研へ戻っていった。
星崎は、少し離れた場所からそんな二人の様子を見つめていた。
翌日、昼食を外でとったマリコは、科捜研へ戻る途中、ちょうど土門が刑事課から出てくるところを見かけた。
「土門さ……」
マリコは、声をかけようとして……躊躇した。
土門を追うように星崎が現れたのだ。
その彼女の手には男物のジャケットが握られていた。
そして、それを土門に渡す。
土門は少しはにかむような表情で受けとり、右肩にかけると、足早に立ち去った。
星崎はそれを見送り、振り返ってマリコに気づいた。
そのままマリコの近くまで来ると、あの、と声をかけられた。
「榊さん、今、お時間ありますか?」
「え?ええ……」
「屋上。案内してもらえませんか?」
星崎に頼まれて、マリコは共に屋上へやって来た。
「土門さんから聞いたんです。気分転換するなら、ここがいいって」
うーん、と両腕を伸ばす彼女の長い髪が、風になびく。
「気持ちいいですね。思考回路が再生される感じがします」
「星崎さんも理系の人ですね」
「言うことが、ですよね?よく言われます」
二人で顔を見合わせて、くすりと笑いあった。
「榊さん、お聞きしたいことがあるんです」
「なんでしょう?」
「土門さんて、独身ですか?」
「…ええ」
「今お付き合いされている方とか、いるのかしら?」
「それは……」
マリコは答えに窮す。
「もしかして、榊さん?」
「………」
探るように尋ねられて、ますますマリコは言葉に詰まった。
「意地悪な質問をして、ごめんなさいね。実は私、バツイチなんです」
ちょっと聞いてもらってもいいですか?と前置きしてから、星崎は話し始めた。
「以前は私、開発部門にいたんです。別れた主人とは、その頃に結婚したんですけれど、ずっと私の仕事が忙しくて…。すれ違いが続いてしまったんです。主人には、別れ際に言われました。『人間相手なら勝負もできるし、負けたら諦めもつく。でも相手が仕事じゃどうしようもない』って。私、何も言えませんでした。彼と離婚はできても、仕事は辞められなかった訳ですから。あと何年かしたら、また開発部門に戻る予定なんです。だから再婚までは考えていないけれど、私のことを理解してくれる…同じように“譲れない信念”、みたいなものを持ったパートナーがいたらいいな、と思うんです」
そこで言葉を切った星崎は、もう何も語らず、ただ京都の街並みを見つめていた。
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