タテのカギ





珍しく非番の重なったこの日、しとしと降り続く雨に出鼻を挫かれた二人は外出を諦め、リビングでまったりと過ごしていた。
土門はソファに腰掛け、読書に励み、マリコは……。
土門の足元の床に座り込み、まるで猫のようにすり寄りながら…うーん、うーん、とここ5分ほど、うなり続けている。

マリコの頭上で推理小説を読み進めていた土門は気になって仕方がない。
小さく嘆息して、その手元をのぞき込めば、クロスワードパズルのページが開かれていた。
人の膝に寄りかかり、何を真剣に読んでいるのかと思えば…。
右手に持ったペンをくるくると弄びながら、マリコは相変わらずうんうん、うなっている。


「どこが分からないんだ?」
声をかけてやれば、ぱっと嬉しそうに顔を上げる。
「ここよ、ここ」

横の列に『サイエンテイスト』と書かれた、一文字目の“サ”の下に続く、縦の列の単語が思いつかないらしい。
それにしても科学雑誌のクロスワードとは、マリコらしい。
土門は、俺に分かるのか?と一抹の不安を覚えた。

「最初が“サ”で始まる6文字の単語なんだけど……」
「ヒントはないのか?」
「えーと…。熱を逃がさない、お手入れ簡単。……余計に分からないわ」
マリコはお手上げといった体で首を振る。

熱を逃がさない、お手入れ簡単……?
「分かったぞ」
「え?本当!?何、教えて?」

「“サカキマリコ”」
「サカキ…えっ!?」
マス目に書きこんでいた途中でマリコの手が止まった。
「どうして私の名前なの?」
「“サ”で始まる6文字だろ?違ってるか?」
「違うに決まってるじゃないの!……でも何で『熱を逃がさない、お手入れ簡単』から私になるわけ?」

――― 説明しよう。

「お手入れ簡単っていうのは、“扱い易い”ってことだろう?お前、割と単純だからな…」
そう言うと、土門は目じりを下げて笑う。
「失礼ね!じゃあ、『熱を逃がさない』っていうのは?」
「それは……実演した方がわかりやすいかもなぁ」
土門はマリコを引き寄せて、ニヤリと嗤う。
そして、その耳元へ唇を寄せ、何事か囁いた。
「!!!」
マリコは真っ赤になって、土門の腕から逃げ出した。
「じ、実演は結構よ!」


――― お前はいつも俺の熱を逃がさず、受け止めてくれるだろう?




fin.


ちなみに、パズルの答えは…サーモライト(繊維の名前)です。



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