お嬢の事件簿





翌日、稽古へ出かける前の高嶋梨央は任意で京都府警へ連行されてきた。
取調室では、梨央の向かいに聖子が腰掛け、壁際には腕を組んだ土門と、マリコが並んで立っている。
白衣姿のマリコを不審げな表情で見たものの、梨央は大人しく聞かれたことに答えている。


「高嶋さん、この男性に見覚えは?」
聖子が被害者の写真を机におく。
「……知りません」
「そうですか…。では、扇央堂というお店のことはご存じですか?」
「い、いいえ……」
「そうなんですか?有名な扇子のお店だそうですが…。私は昨日、北海道から着いたばかりなので知りませんでしたが、祇園で働く方ならよくご存じのお店だと、高嶋さんのところのおかみさんも仰っていましたよ?」
聖子の、丁寧だが、確実に追いつめようとする口調に梨央の顔から表情が消え始めた。

「では、話をかえましょう。この扇子をお持ちですか?」
空気を読んだ土門が、後を引き受ける。
「いいえ、持っていません」
「ずいぶん探していたと、聞きましたが?」
「はい…。それは事実です。でも結局見つかりませんでした」
「そうでしたか。それではこの映像を見てください」

土門に促され、マリコがタブレットを梨央に見せる。
そこには扇央堂で押し問答する二人の様子が映っていた。

「これは扇央堂の防犯カメラの映像です。高嶋さん、あなた扇央堂へ行ったことがあるんじゃないですか」
「そして、被害者とも顔見知りですね?」
土門と聖子が畳み掛ける。

「だから何です?私、何か犯罪を犯したんでしょうか?」
もはや開き直ったように、梨央はふてぶてしく言い放つ。
「では、これも見てください」
続けてマリコが示したのは、公衆トイレ近くの防犯カメラの映像だ。

「被害者の後を追うこの人物と…」
マリコは映像を切り替える。
「扇央堂のカメラに映った高嶋さん……。よく似ていると思いませんか?」
「似ているだけでは、証拠にはなりませんよね?」
「もちろんです。ですから、歩様認証で鑑定してみました」
「歩様認証?」

二つの映像の人物の、歩く姿がクローズアップされる。
「これは人の歩く速さや癖から個人を識別するものです。指紋と同じように歩き方にも個人差があるんですよ」
やがて、二人の人物の歩行パターンが重なり、90パーセントの一致率を弾き出した。

「これでも、知らないと言い張る気か?」
土門が机に手をつき、高嶋を見下ろす。
「たとえ、それが私だったとしても殺した証拠にはならないわ!」

「だったら、証拠その一」
聖子が一足のパンプスを机においた。
「これはあなたの家から押収した、あなたのパンプスです。このパンプスの足跡痕が殺害現場の被害者の足跡の上に重なっていました。何を意味するかわかりますか?被害者が死亡した後に、このパンプスがその場所から移動した、つまりあなたがその場を立ち去ったということです」
「………」

「証拠その二は、これです」
今度はマリコが、紙袋を取り出す。
「これはあなたの家のゴミから見つけ出した扇央堂の紙袋です。ここから被害者の指紋が出ました。そして、この持ち手の裏側を見てください」
マリコが示すそこには、赤い染みが着いていた。

「血液指紋です。鑑定の結果、血液は被害者のものでしたが、指紋は別の人物のものでした。この指紋の人物が被害者の血液に触れたのち、この袋を持ったことになります。……あなたの指紋と照合させてもらえますか?」
マリコはじっと梨央を見つめる。
その目は問い詰めるわけでも、咎めるわけでもなく、真実を見極めようとしている瞳だ。


「……貸してくれるだけでいいって言ったのに」
梨央はポツリと呟いた。

「それさえダメだっていうんだもの!」
唇を噛みしめ、握った拳を震わせる。


「話してみて下さい…」
聖子は落ち着かせるように梨央の肩に触れ、続きを促した。



梨央には贔屓の旦那がいた。
その旦那から少し前に問題の扇子を贈られたのだという。
そして次の宴会で、その扇子を持って舞う約束をした。
しかし、不注意で扇子の柄の部分を破損してしまい、開けなくなってしまった。
焦って同じ扇子を捜していた梨央は、扇央堂へやって来たのだが、一足先に売れてしまっていた。
梨央は買い手の男性に譲ってくれるように頼んだが、歯牙にもかけてもらえず、それならせめて一日だけ貸してくれないかと頼み込んだ。
しかしそれも断られてしまった。
進退極まった梨央は、振り切るように去っていく男性の後を追い、京都駅の公衆トイレで男性を突き飛ばした。
男性が倒れた隙に扇子を奪おうとしたのだが、運悪く、洗面台に前頭部を打ちつけてしまったのだという。


「それで、扇子を奪って逃走したのか!?なんて身勝手な……」
「だって!」
激昂し、声を荒げる土門に、梨央は弁解しようと顔を上げる。
しかし、それより先に聖子が語りはじめた。

「被害者は私と同じ北海道警の警察官だった。その彼が京都へ来たのは、日舞のお披露目会を控えた娘さんへのプレゼントに、扇子を買いにくるためだった。あなたはその娘さんから、扇子も父親も奪ってしまったのよ?」
梨央はうつむき、唇を震わせる。
それ以上は一言も発することなく、収監されることとなった。




7/8ページ
like