お嬢の事件簿





「被害者の足取りはどうなってる?」
「京都駅の新幹線ホームの防犯カメラに被害者が映ってました」
亜美が中央のモニターを指差す。
旅行カバンらしき手荷物を持った被害者が、ちょうど新幹線の乗降ドアから降りる様子が映っていた。

「そこから先は交通系のICカードの履歴をもとに辿ってみました。被害者はいわゆる観光名所を何ヵ所まわり、おそらく河原町辺りで夕食をとったのち、午後10時28分の電車で京都駅へ戻っています」
宇佐見がカードの履歴を見ながら説明する。

「で、その後で殺害されたということか?」
土門はマリコに確認する。
「被害者の死亡推定時刻は、午後10時から午前0時の間。胃の内容物の消化具合をみても間違いないわね」
「そうか。凶器は?」
「公衆トイレの洗面台。角は丸くなってるけど、そこへ前頭部を強打したみたいだよ。頭蓋骨の陥没の形状が一致したからね」
呂太の説明を聞き、土門はマリコへ補足を促す。
「死因は前頭部を強打したことによる脳挫傷。対側挫傷の所見も見られたから、間違いないわ」

「ちなみに、駅の公衆トイレという特性上、ゲソ痕の判別はほぼ不可能だったよ。…ただ、奇跡的に一つだけ被害者の足跡を見つけたよ。しかもその上に重なった跡があった。たぶんヒールの踵だね」
日野は公衆トイレの見取り図を取り出し、カラフルに彩られた足跡のフィルムを次々に重ねていき、ある一点を赤いマーカーで囲んだ。
「これだよ」
「確かに、被害者の後に歩いてますね。男子トイレにヒールかぁ……調べる価値ありそうですね」
聖子は顎に手を当て、考え込んでいる。

「そう思って、防犯カメラの映像、取り寄せておきました!」
「仕事早いなあ…。うちのハチ公にも見習わせたいくらい」
「は?」
「何でもないです。独り言なので気にしないで、続けて下さい」
はあ…といぶかし気な表情を浮かべながらも、亜美はモニターへ映像を流し始めた。

「亜美ちゃん、とめて」
「はい」
「これは被害者ね…。ねえ、この後ろの人を見て」
「拡大鮮明化します」
クローズアップされた映像には、フードを目深にかぶった人物が映っていた。
「これじゃぁ、顔はわからないね」
「亜美ちゃん、ゆっくり進めて」

映像が進んでいくと、数分後にフードを被った人物がトイレから出ていった。
「止めて下さい!」
今度は聖子が声をかける。
「この人物の持っている紙袋、被害者が持っていたものじゃないですか?」
映像を巻き戻してみると、確かに被害者の旅行カバンから紙袋の端がのぞいているのが見えた。
そして、この時点でフードの人物は紙袋を持ってはいない。

「確かに。被害者のものの可能性が高いな……。何の紙袋かわかるか?」
土門に言われ、再び亜美が画像を拡大鮮明化する。
「ん…?扇央せんおうって書いてないかい?」
「扇央……ってなに?」
呂太の頭にはクエスチョンマークが飛び回っている。
「これ…扇央堂せんおうどうの袋じゃないでしょうか?」
「扇央堂、とは?」
「祇園の近くにある有名な扇子の店です」
土門の問いに宇佐見が答えた。
「お土産でも買いに寄ったのでしょうか…」
一同は思い思いに考えに耽る。



「あのー、五条さん。道警からメールが届いてます。添付ファイルがありますけど、印刷しますか?」
亜美が新着メールに気づいて、聖子へ問いかけた。
「はい、お願いします」
ブゥーンと低い唸りをあげて、プリンタが数枚の紙を吐き出す。

「なるほど……そういうこと!」
聖子は届いた資料をテーブルの中央に広げる。

「被害者には離婚した妻との間に娘がいました。その娘は今月、日舞で名取のお披露目講演に出演するそうです。そこで、娘の晴れ舞台への祝いとして扇子を贈るつもりだと、同僚へ話していたようです」
聖子が報告書を掻い摘んで読み上げる。
「それで京都へ……」
宇佐見は納得したように、モニターの被害者を見あげた。


「五条さん、扇央堂へ行ってみましょう」
「はい!」
聖子を伴って、土門は出口へ向かい…途中で振り返った。
「榊、フードの人物の特定を進めてくれ」
「……」
マリコがうなずくのを確かめると、今度こそ土門は背中を向けた。




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