カボチャの魔法
「甘いものなんて持ってないわよ。アメちゃん持ってるのは土門さんのほうじゃない?」
自室のソファでくつろぎ、読書に耽るマリコとテレビの間に立ち、土門はずいっと手を出し、“Trick or Treat?”とたずねてみたのだ。
そして、その答えが冒頭のセリフだ。
「それなら悪戯だな。……覚悟しろよ?」
3、2、1、と土門がカウントを開始する。
「えっ!?ちょっと、土門さん!何するつもり?」
0で、パチンと土門が指を慣らし、体を横へずらした。
自然とテレビの方に目を向けたマリコは、テレビ台の上のガラスの靴がキラリと光っていることに気づいた。
それは以前、いずみからお土産にもらったものだ。
「?」
マリコは恐る恐る近づく。
ガラスの靴をのぞきこみ、口元に手をあてた。
「………私、誕生日じゃないわよ?」
皮肉めいたことを言っても、声が震えている。
「そうだな」
「じゃあ……」
なんで?とその瞳が土門に問いかける。
「なんでもない日に仕掛けるから本当のサプライズになるんだろう?」
「………」
「まぁ、そのなんだ…。虫よけも兼ねて、できるだけ早く渡したかった、というのもある……」
本当はクリスマスを予定していた土門だったが、カップルで込み合うジュエリーショップに踏み込む勇気はなく、少し早めにのぞいた店で、思いがけずマリコに似合いそうなものを見つけたのだった。
2本のラインが絡み合う細身のデザインで、中央にダイヤが埋め込まれている。
これを見つけたとき、土門は、マリコのデスクに置かれたDNAの二重螺旋構造の模型が頭に浮かんだ。
雰囲気も何もあったものではないが…。
でもそれが却ってマリコらしい、と土門は即決したのだ。
「仕事中が無理なのはわかっている。今みたいに二人の時や、仕事以外のときにつけてくれればいい」
「うん……」
「なんだ?」
「実感が湧かなくて…。何だか……夢みたい」
土門はマリコの両手をつかみ、悩んだ末、左手を持ち上げた。
そして、薬指へすっと通す。
サイズもピッタリだった。
「いつもはつけれないんだ。……左手でもいいだろう?」
「土門さん……」
土門はそのままマリコの左手に指を絡め、引き寄せる。
そして、自分だけの美しい灰かぶり姫を大切に包み込んだ。
「榊……」
今夜はハロウィンだ。
けれども、マリコのもとへはジャックオランタンではなく、カボチャの馬車がやって来たようだ。
――― そう……。
ガラスの靴はtrickでもtreatでもなく“treasure”を運んできたのだ。
fin.
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