なんだ、夢か…




やけに頭が重い……。

昨夜、帰宅した後で酷い倦怠感と頭の重さを感じ、薬を服用してすぐに床へついた土門だったが、翌朝アラームの音に気づいても、起き上がることができなかった。

思う以上に熱があるようだ。
節々が尋常ではなく疼き、痛む。

這うようにして携帯に手を伸ばし、捜査一課の直通ダイヤルへ電話をかける。
「はい、捜査一課。蒲原」
「…かんばら、か?」
「? 土門さんですか?」
電話が遠いのだろうか?土門の声が聞き取りづらい。
「すまんが……熱が出て、今日は動けそうにない。有給申請しておいてくれ…」
「わ、分かりました。大丈夫なんですか?何か必要なものがあれば届けますから、携帯に連絡して下さい」
「ああ。……すまん」
そのまま電話は切れた。


あんなに苦しそうな土門の声を聞くことは滅多にない。
熱だと言っていたが、かなり高いのではないだろうか?
あの様子では、一人で病院へ行くのは難しそうだ。
薬や食べ物、飲み物は足りているのか……蒲原は今、土門に必要と思われるものをリストアップし、最重要品を求めて科捜研へと急いだ。


「失礼します!マリコさん!」
科捜研に着くと、挨拶もそこそこにマリコの研究室へ向かう。
ノックをするが、返事がない。

「マリコさんなら、今日はお休みですよ」
蒲原に気づいた宇佐見が、隣の研究室から出てきて、教えてくれた。
「そうですか……困ったな」
「どうかしたんですか?」
「いえ…。その……」
まさか、土門の見舞いを頼みにきたとも言えず、蒲原は口ごもる。
そんな彼の様子に、宇佐見は得心がいったらしい。
「マリコさん、一度は出勤されたんですよ。でも少し前に電話がかかってきて…そのあと、慌てて有給申請をして帰られましたよ。風丘先生に連絡もしていたようですから、どなたかお知り合いの方の具合が悪いのかもしれませんねぇ」
「(全部、バレてる…)そ、そうですか。わかりました」
失礼します…と蒲原はそそくさと科捜研をあとにした。



その頃、マリコは土門のマンションにほど近いドラッグストアーで医薬品と飲料品、食料品を買い込み、ちょうど土門の部屋に到着したところだった。
「土門さん、具合はどう?」
眠っているかもしれないので、小さな声で訪ねながら、額に手を当てた。
手のひらの冷たい感触に、土門がのろのろと目を開けた。
「……さ、かき」
「うん。来たわよ。熱、測った?」
土門はかすかに首をふる。
「そう。じゃぁ、測りましょう。その前に何か飲めそう?」
「ん……」
マリコはスポーツドリンクのペットボトルにストローを差して、土門の口許へ運ぶ。
土門はゆっくり二口吸い込むと、ストローを離した。
「すまん、な」
口が潤ったからか、先程よりもはっきりと土門は答えた。
「いいから。さっ、熱を測るわよ」
土門の腕を持ち上げ、脇の下に体温計を差し込む。
電子音が鳴るまでの間に、アイス枕を準備し、早月に電話をかける。
土門の様子を伝え、ピピピッと鳴った体温計を覗きこんで、熱を伝える。
電話をかけるマリコの後ろ姿をぼんやりと眺めているうちに、土門は眠りに落ちていった。



土門が目覚めたとき、まだ外は明るく、子供たちの声が時折聞こえた。
寝室にマリコの姿はなく、土門は彼女を呼んだ。
「さかき……」
「あ、土門さん。目が覚めたのね?具合どう?」
姿を現したマリコに一瞬違和感を感じた土門だったが、それが何なのか考えるのも億劫だったので、頭から追いやった。

とはいえ、多少は熱が下がってきたのか、幾分楽になった土門はベッドに身を起こす。
そのとき初めて、マリコがスカートを履いていることに気づいた。
それは、膝頭が見えるくらい短い丈のスカートで、マリコが履くのは珍しい。
まじまじと見つめていると、返事を返さない土門を心配して、マリコが片膝をベッドの縁に乗せ、身を乗り出すように土門をのぞきこんだ。
「土門さん、大丈夫?」
自分の名前を形作るマリコの唇は、キレイに色づき、グロスで艶めいていた。


――― 頭がクラクラする……。
それが熱のせいなのか、マリコのせいなのか、分からない。
分からない……が。

土門はマリコの腕を強く引いた。
「え?きゃぁ!」
突然のことにバランスを崩しそうになり、マリコは慌てる。
しかし、土門はその身体をしっかりと自分の胸元に抱き寄せた。
でもそのせいで、マリコのスカートははだけ、際どい部分まで太ももがのぞいていた。
その白さに、土門の目は釘付けになる。
無意識に手を伸ばし、膝頭からゆっくりと撫で上げ、撫でおろす。
マリコが驚きに息を詰める。
手で滑らかな太ももの感触を楽しみながら、口では、目の前のマリコの耳たぶを甘噛みする。
「ちょ、ちょっと…」
徐々に色づく耳の裏を舐めあげ、中へ息を吹き込むと、マリコの体が震える。
「ど、土門さん、待って……。お願い……」
潤んだ瞳が土門を見つめる。
弱々しく押し返すその細い腕までが土門を煽る。
「すまん、榊。もう自制が………効かん」
苦しげに呟くと、土門の手はマリコのスカートの奥へと吸い込まれていった。



ひやり。
額に感じた冷たさに、土門は目を開けた。
心配そうなマリコの顔が自分を見ている。
「榊?」
「何だかうなされていたわよ。大丈夫?」
そういうと、額から手をどかす。
さっきの冷たさの正体はマリコの手だったらしい。
「…ああ。大丈夫だ」
夢だとわかり、なんとも言えぬ気まずさを感じる。
「…喉が乾いた」
少しでもマリコの視線から逃れたくて、小さな嘘をつく。
マリコは寝室を出てキッチンへ向かった。


冷蔵庫からスポーツドリンクを取りだし、ストローを差しながら、マリコは土門のうわ言を思い出していた。

『すまん、榊。もう自制が………効かん』

まったくどんな夢を見ていたのかしら…マリコは少々呆れてしまった。

でも……。
マリコはソファに置いたバッグに目をやる。
今夜は看病のために、泊まり込むつもりで支度をしてきた。
そのバッグの中に、土門好みの色の下着がしまわれていることは……絶対に秘密だ。




fin.


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