誰よりも…
翌朝、出勤したマリコに、皆が口々に心配と労いの声をかける。
しかし、マリコは『ありがとう』とか『大丈夫です』とおざなりに返事をするだけだった。
それより、土門の姿を探していた。
捜査一課をのぞくと、蒲原の姿が見えた。
「蒲原さん」
「マリコさん!傷の具合、どうですか?」
蒲原はマリコの方にやってきた。
そして、包帯を目にして顔をしかめる。
「ありがとう、大丈夫よ。ところで土門さんは?」
「それが急な出張を頼まれて。朝一番で警視庁に……」
「…………そう」
明らかに沈んだ様子のマリコ。
蒲原は今朝、心ここにあらずといった土門の様子を思いだし、二人の間に何かあったらしいことに気づいた。
「あ、でも日帰りですから」
蒲原はいつもより一回り小さく見えるマリコを気づかう。
「分かったわ。ありがとう」
マリコは科捜研へと戻って行った。
「まいど~」
軽いノックの後で、ひょっこりと顔がのぞいた。
「早月先生!」
「マリコさん。昨夜は災難だったわね!怪我の具合どう?」
早月はマリコの研究室に入ると、扉を閉めた。
腕を見せて、と言われ、マリコは素直に従う。
「うん。キレイに塞がりはじめてる。痛みは?」
包帯を巻き直しながら、早月がたずねる。
「もう大丈夫です」
「それ、本当?」
「?」
「腕の傷は回復してるけど、治らない痛みもあるでしょ?」
早月は自分の胸に人差し指をトントンと当てる。
「早月先生……」
「ねえ、マリコさん。もし逆の立場だったらどう?通り魔に襲われたのが土門さんだったら……?」
「…心配します」
「もちろんそうよね。でも襲われた原因が、たとえば…自分から囮になったからだ、って知ったらどう?」
「怒ります!」
「それはどうして?」
「もっと自分を大切にしてほしいもの……」
「それだけ?」
「?」
「他の人でも同じようにそう思う?捜査のためだったとしても」
「……土門さんだから、そう思うのかも」
「それはなぜ?」
「え?それは……」
「それは?」
矢つぎばやの質問に、ようやくマリコは早月が伝えようとしていることに気づいた。
「……………土門さんが“大切”だから」
「そういうこと。土門さんも同じなのよ…」
『風丘先生。昨夜の事件のことでマリコさんと土門さんが……。あの、マリコさんのこと、お願いできませんか?』
早月は、そう朝イチで連絡してきた研究員の顔を思い浮かべた。
「どうしよう。私、土門さんを傷つけてしまった……」
簡単なことなのに、どうして気づかなかったんだろう……マリコは心から後悔していた。
――― 私は土門さんのことが………。
警視庁からの帰り、土門は、新幹線の窓を流れる景色を見るともなく眺めていた。
しかし、頭は昨日の出来事で一杯だった。
自分のことを大切にしないマリコに腹が立ったことは事実だが、だからといって手をあげようとした自分が何より許せない。
ただ、今度のことで、土門はマリコとの間に温度差のようなものを感じた。
「結局は、俺の独りよがりなのか……」
それならいっそ、以前のように刑事と科学者というだけの関係に戻った方がいいのかもしれない…。
そう考えて、しかし土門は
そんなこと、できるわけがない。
――― 俺は、榊のことが………。
『誰よりも………好きなのに』