榊伊知郎失踪事件
ようやく今日やるべき鑑定を終えたマリコは白衣を脱ぎ、帰り支度を進めていた。
そんな折、母のいずみから着信があった。
できればさっさと帰りたい……それがマリコの本心だったが、マリコはため息を吐きつつ電話に出た。
「もしもし、母さん?」
『マリちゃん、仕事中?』
「ううん。今から帰ることろ」
『そう』
それなら話ができるだろうと、いずみは少しホッとしたようだ。
『昨日か今日、父さんから何か連絡あった?』
「父さん?別にないわよ」
『…………そう』
ほんの少しの間がマリコは気になった。
「父さんがどうかしたの?」
『あのね、昨日から帰ってきてないの』
「え?職場に連絡してみたの?」
『その職場から無断欠勤してる、ってお昼に電話があったのよ』
いずみはマリコへ電話をする前に、きっと何度も伊知郎に連絡を取ろうとしたはずだ。
「電話は繋がらないのね?」
『そうなの。LINEも送ってみたけど、既読はついていないわ』
「わかった。私も試してみる。後で連絡するから、それまで待ってて」
『お願いね。マリコ』
そこで通話は切れた。
マリコは電源を落としたPCを再起動させた。念の為、父の仕事用のアドレスにもメールを送ってみようと思ったのだ。
PCが起動するまでの間に、伊知郎へ電話をかけてみる。呼び出し音が鳴り続け、やがて自動で切れてしまった。
電話を諦め、起動したPCから『このメールを見たらすぐに連絡してほしい』とメールを送ると、マリコは職場をあとにした。
帰宅したところで、もう一度電話をかける。しかし伊知郎は出なかった。
マリコは母の番号をタップした。
『もしもし、マリちゃん。どうだった?』
「電話は繋がらなかった。一応、仕事用のアドレスにもメールはしておいたけど」
『そう………。警察に届け出たほうがいいのかしら?』
「…………」
マリコはしばらく考え込んだ。
「ねえ、母さん。前に会った『土門さん』て覚えてる?」
『ええ。京都府警の刑事さんでしょう?』
「そう。土門さんに相談してみようかと思うんだけど、いいかしら?」
『マリちゃんがいいと思うなら、任せるわよ。父さんからも名前は聞いているし』
「わかった。母さん、父さんのこと心配だと思うけど、ちゃんと休んでね」
『わかってますよ。あの人が帰ってきたとき、すぐにご飯を作れるようにしておかなくちゃね』
「そうそう!それじゃあ、また連絡するから」
『ええ。マリちゃん、待ってるから』
後ろ髪を引かれる気はするが、マリコは電話を切った。そして今度は土門の携帯を鳴らした。
『土門だ』
「私よ。土門さん、今どこ?」
『自宅だ。どうかしたのか?』
「実は相談したいことがあるの」
『なんだ?』
「…………」
電話で話すのはどうだろうか……。
そんな一瞬のためらいを、土門はマリコの沈黙から感じ取ったようだ。
『榊。お前はどこにいる?』
「まだ科捜研よ」
『そうか。飯は食ったのか?』
「いえ。これから」
すると、ガタガタと電話の向こうで音がした。
『20分後に迎えに行く。待ってろ』
それだけ言うと、もう通話は切れていた。
1/4ページ
