会えない時間が愛育てるのさ
それから数週間後、蒲原が復帰し、いよいよ市古の教育最終日を迎えた。
「土門刑事。私をこのまま相棒にしてもらえませんか?」
蒲原の目の前で、市古はダメ元で土門に食い下がった。
「市古。この3ヶ月、よく俺についてきた。お前の成長は目を瞠るものがあった。だから、このまま育ててやりたいという気持ちもある。だが、俺はあと数年で退官だ。もっと長く指導してもらえる先輩を探せ」
「私はあと数年でも構いません!」
「悪いが、俺の最後の相棒はこいつと決めている。お前が嫌でなければ、だがな」
水を向けられた蒲原はぶんぶんと首を振る。
「光栄です!」
思わぬ言葉に蒲原の大きな目がほんの少し潤む。
対して、そうはっきり言われては、市古も引き下がるしかない。
「わかりました。自分にとってこの3か月間は本当に貴重なものでした。ありがとうございました」
最敬礼を示す市古に、土門も同様に返した。
「俺の方こそ、お前には本当に世話になった。お前のおかけで、長年未解決だった事件に決着ケリがついた。感謝する」
「え?」
「がんばれよ」と激励すると、土門は後ろ手を振りながら立ち去った。
「いちご。何の事件を解決したんだよ?」
「いちこ、です!」
律儀に訂正を挟むことは忘れない。
「ぜんっ、ぜん、身に覚えがないんですけど。私……何かしたんでしょうか?」
「俺に聞くなよ……」
真相は誰にも分からない。まだ今は。
そして、こちらは。
「相馬くん」
「マリコさん。お疲れっす」
出張に来ていた相馬を見つけ、マリコは呼び止めた。
「ちょっといい?」
「何すか?」
「土門さんから伝言よ。『虚偽罪で確保するぞ』ですって」
「げっ。勘弁してくださいよ〜。俺にも事情があったんすよ」
情けない声を出す相馬に、マリコはクスッと笑う。
「まだ続きがあるの。『今回だけは見逃してやる。世話になったから』だそうよ」
「え?え?それって!?もしかして、マリコさんと土門さん……え?マジっすか???」
マリコは相馬の耳を自分のほうへ引っ張る。
「いててっ」
「口は災いのもと、よ。相馬くん?」
「………はい」
「じゃ、またね」
ひらひらと手をふるマリコを見送った相馬は、さっそく泰乃に一報を入れる。
「こーんな面白いこと、黙ってらんないって♪」
相馬が土門の鉄拳制裁を受ける日も、そう遠くはないだろう。アーメン。
マリコは休憩時間にテラスへ出ると、背伸びをしながら空を見上げた。
今日もいい天気だ。
日本はどうなのだろう。
あと数時間後。
仕事を終えたら、今夜はマリコから連絡することになっている。
「今日は何の話をしようかしら?」
こんな些細なことを考える時間が楽しい。
それは日本に居たときには思いもしなかったことだ。
離れたからこそ、気づけた。失わずにすんだ。
だけど。
「会いたいなぁ」
できるなら時間も距離も飛び越えて、生身の声と温もりに触れたい。
だけどそれは叶わぬこと。
叶わぬことだからこそ、叶ったときはきっと……。
マリコは、目を閉じて想像する。
空港で待つその人は、椅子には座らず壁にもたれて腕を組んでいるだろう。
そして自分の姿を見つけると、小さく笑うだろう。
目尻に優しさのシワを寄せて。
それから……。
マリコは、目を開ける。
「さあ、仕事に戻らなくちゃ」
fin.
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