会えない時間が愛育てるのさ
蒲原が不在となってふた月。市古は土門の予想以上に食らいついている。教えたことの飲み込みは早く、勘もいい。新人にしては上出来の部類だろう。
「市古。科捜研へ鑑定結果を聞きに行ってこい」
「はい!」
土門に命じられ、市古は科捜研へ向かう。
この「おつかい」は最近ではもっぱら市古の専任となっていた。
「失❳礼します!」
「あ、市古ちゃん。いらっしやーい」
「涌田さん、ちゃん付けはやめてくださいよー」
「ごめん、ごめん」
亜美は謝るが、それは口先だけだ。
小さくてよく動く市古は小動物のようで可愛らしい。しかも歳は亜美よりも若く、まるで後輩ができたようで、ついついちょっかいを出してしまうのだ。
「市古さん。鑑定結果ですか?」
「はい。土門さんに頼まれました」
「今、所長を呼んできますから、少し待っていてください」
「お願いします!」
大人で物腰の柔らかい宇佐見は市古の憧れだ。土門とはまた違った魅力がある。あくまで上司として、だが。
「やあ、市古くん。遅くなって申し訳ない。これが鑑定結果。土門さんに渡して」
「ありがとうございます。失礼します!」
まるでお駄賃でももらったかのように、市古は足取り軽く刑事課へ戻っていった。
「最近、市古ちゃんばっかりで、土門さんは来ませんね」
ポツリと亜美がこぼす。
「もう来る必要がないからですかね?」
亜美は空いたままの鑑定室へ目を向ける。
「もともと刑事課と科捜研は捜査会議で顔を合わせるか、こうして新人の刑事が鑑定結果を聞きに来るくらいの関係性なんだ。これが普通なんだよ」
「でも。それって何だか寂しくないですか?」
君嶋が自分の鑑定を終えて、部屋から合流した。
「あれから、土門さんとマリコさんは連絡を取っているんでしょうか……」
「それは二人のプライベートだからね」
君嶋の質問はもっともだが、宇佐見はやんわりと制した。
ところが。
「私、聞いてみましょうか?」
ひょっこり顔を覗かせたのは泰乃だ。
「泰乃さん?どうしたんですか?」
「所長にデータ解析の結果を届けにきました」
泰乃はPCを手にしていた。
「それより泰乃さん。どうやって二人のことを聞き出すつもりですか?」
亜美は興味津々だ。
「相馬くんに聞いてもらうのはどうかな?」
「相馬さん!あ、でも相馬さんはカナダですよね?」
「それがね……」
『マリコさんが退職ってマジっすか!!!』
スピーカーから響くあまりの声量に、泰乃は顔を顰める。
腐れ縁というのか。
相馬が科捜研を辞めた後も、二人は年に何度か連絡を取り合っていた。
「そんな大声出さなくても聞こえてる。本当だよ、残念だけど」
『そんな……』
相馬はガックリと肩を落とす。
『それで、マリコさんはこれからどーするんすか?』
「アメリカの研究機関へ行くって」
泰乃が名前を伝えると、途端に相馬が目を輝かせる。
『そこ!うちと交流がある。俺も年に何回か行くんで、マリコさんに会えるなぁ。ご飯奢ってもーらお♪』
「……というわけなんです。実際にマリコさんにも会えたみたいで、先週メールをもらいました」
泰乃が持っていたスマホをみんなに見せる。
そこには少し髪の伸びたマリコと相馬のツーショット写真が写っていた。
「ホントだー!」
「マリコさん、元気そうですね」
「よかった、よかった」
喜ぶ亜美、宇佐見、日野とは別に、君嶋はきょとんとしている。
「そうか!君嶋くんは、相馬くんを知らなかったね。以前うちにいた物理研究員だよ。まぁ、空気の読めないやんちゃでねぇ……」
日野の愚痴が続く前に、泰乃は荷物をまとめる。
「それじゃあ、返事がきたらお伝えしますね。失礼しまーす」
泰乃は急ぎ足で科捜研をあとにした。
「土門さん、鑑定結果です」
「おう」
市古から書類を受け取った土門は、ざっと中身に目を通す。
「榊、この部分は……」
言いかけて、土門ははっと口を閉ざした。
「土門さん?」
「いや、何でもない。ちょっと出てくる」
「え?あの、土門さん……」
土門は書類を手にしたまま、市古を残し、一課から出て行ってしまった。
その足で屋上へ向かう。風にあたって頭を冷やそうと思ったのだ。
マリコが退職して、もう数ヶ月も経とうというのに、まだふとした拍子に名前が出てしまう。
もう数ヶ月も過ぎたのに……。
その間、土門はマリコに一度も連絡をしていない。「忙しいだろう」、「疲れているかもしれない」、「何を話せばいいのか」。そんな理由を逃げ口上にして、自分からは行動できずにいる。
本当は。
顔を見たいくせに。声を聞きたいくせに。
「何やってんだ、俺は……」
弱音を吐き出し、土門は空を仰いだ。
to be continued…
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