冬の晴れた日に
「ん?晴れてきたな」
日差しに気づいた土門が言った。
他愛もないやり取りの間に、雲は流れ、外は明るくなっていた。
「本当。私、冬の晴れた日が一番好き」
マリコも窓に目を向けると、そんな言葉を口にした。
土門は、頬杖をつき外を眺める横顔をじっと見つめた。
ようやく手の触れられる場所へ戻ってきたんだと実感する。オンラインの画面越しでは伝わらない体温や息遣い。生身のマリコに、土門は浮足立つ気持ちを抑えるのに必死だ。
「そうなのか?俺もだ」
「え?」
「“ご褒美”みたいに感じるんだ。寒さが続く中で、一瞬、太陽の暖かさにほっとする」
「そうね。わかる気がするわ」
ふっとマリコは微笑む。
そしてカップを手にすると、残った珈琲を飲み干した。
それを眺めていた土門はマリコから視線を外すと、「さて」と口にした。
もう待てない、そう本能が警告している。
もっと話したい。
早く二人になりたい。触れたい。
そして、早く渡したい。
ガキか?と土門は自嘲した。
「そろそろ、行くか」
「ええ。どこのホテルを予約してくれたの?」
「ホテル?予約なんてしてないぞ」
「え?だって、着替えだけ持ってくればいいって言ったじゃない」
マリコは困惑気味に必要なものだけを詰め込んだ小さなバッグを見た。
他の荷物はトランクに残し、横浜からアメリカへ送ってもらうように母へ頼んでしまった。
「ああ。着替えだけあれば十分だ。生活に必要なものは美貴に聞いて、ひと通り用意しておいた」
マリコは、ぽかーんと口を開ける。
「用意した……って、土門さんが?」
「ああ」
「もしかして、土門さんのうちに?」
「ああ」
マリコの表情が可笑しくて、土門は笑いを堪えるのに必死だ。しかしそんなことを言えば、また目の前の女は拗ねるに違いない。だからわざと、“今さら何を聞くんだ?”と土門は訝しげな顔をして見せた。
「足りないものがあれば、明日買いにいけばいい」
「明日……もしかして、非番なの?」
「そう、だが?」
「えっと、それは……」
「私のため?」の一言が、マリコは聞けずにいる。
土門は眦を下げる。
何かを言い出せずにいるマリコに気づいたからだ。そして何を言いたいのか、それも土門にはわかっていた。
本当は二人きりのときに……と考えていたが、土門は予定を変えることにした。
「榊。お前に渡したいものがある」
土門はジャケットのポケット探ると、テーブルにそれを置いた。
コトン、と重い響きにマリコは目を見開く。
「うちの鍵だ。自由に使ってくれ」
「う、うん」
予想外の展開続きで、マリコは思考が追いつかない。それでも、この鍵を預かるのは数日間だけだと自分に言い聞かせる。
マリコが鍵を受け取ると、土門は立ち上がった。
「帰るぞ」
目の前に伸びてきた手が、あっという間にマリコの腕を掴んで引っばっていく。
店の自動ドアを出たところで、土門はついでのように口にした。
「その鍵は返さなくていいからな」
外の風は身を切るように冷たいけれど、それでも太陽の温もりが二人を包んでくれる。
確かに、冬の晴れた日はご褒美だ。
手の中の鍵を握りしめると、ひんやり冷たい。これが夢ではなく現実だという証。
マリコは、早足で土門に並んだ。
「土門さん、ありがとう」
「ああ」とそっけなく答えた土門だったが、その唇は緩く弧を描いていた。
fin.
2/2ページ