帰れない二人
仕事納めの日、京都市内は朝から天気が崩れていた。雪が降ったり、霙になったりを繰り返し、地面はシャーベット状の雪がうっすら積もっていた。
「みんな、今年もお疲れさま。新年も元気で会おう。よいお年を!」
日野所長の挨拶に、パブリスペースに集まった全員が「お疲れさまでした。よいお年を」と口にして帰りの準備を始める。
日野は我先にヘルメットを手に出ていく。東京から恋女房が来るのだ。
「亜美ちゃんは年末年始どうするんだい?」
宇佐見がテーブルを片付けながら尋ねた。
「一応、温泉に行く予定です」
別に変な答えでもないのに亜美は声を潜める。
そこに何かを嗅ぎ取った宇佐見は、「楽しんで」と大人な返事をした。
「宇佐見さんは?」
興味津々に聞いてきたのは加瀬だ。
宇佐見のプライベートは謎に包まれている。
「私は母とのんびり年越しですよ」
「えー?それだけですか?」
「ええ」
それ以上の追求を許さない完璧な笑顔で、宇佐見は答えた。
年越しは母と過ごすが、年始は早月と会う約束をしている。しかしそんな事情を明かす必要はない。
「じゃあ、マリコさんは?あれ?マリコさん?」
さっきまでいたはずのマリコの姿が見えなかった。
「どこにいったんだろう?」
加瀬は大きな目をくるくるさせる。
「鑑定結果を届けに行ったのかもしれませんね。一課が待っていたようですから」
宇佐見は改めて「お疲れさま」と言うと、カバンを手に科捜研を後にした。続けて亜美が、君嶋が「よいお年を」と帰っていく。
「待ってくださいよ〜。…………いてっ」
慌てた加瀬が、机の角にぶつかりながら二人の後を追っていった。
そうして、科捜研は無人となった。
マリコが一課へ顔を出すと、土門はおらず、気づいた蒲原が駆け寄ってきた。
「鑑定結果よ」
「ありがとうございます。あの、土門さんは今……」
「いいの。忙しいでしょうから。私ももう帰らなくちゃ。蒲原さん、よいお年を」
「お疲れさまでした。よいお年を。あ、横浜に帰るんですか?」
「ううん。今年はこっちでのんびりするつもりよ」
「そうですか」
「蒲原さんは……もしかして、温泉?」
「え?え?な、なんで??」
激しく動揺する蒲原に、マリコはプッと笑うと「楽しんできてね」と手を振った。
「あら?もうみんな帰っちゃったのね」
人影のない科捜研は普段より寒々しい。
帰る前に機器の点検を一通り済ませ、ようやくマリコは支度を始めた。
「榊!よかった、まだいたか」
不意に扉が開いて、土門が顔を覗かせた。
「土門さん。どうしたの?」
「いや。鑑定結果、助かった」
「わざわざそれを言いに?」
「いや、まあ……」
「?」
「その、今年も世話になった」
「なあに、改まって。らしくないわよ」
マリコはクスクスと笑う。
「そうだな。俺もそう思う。でも、今日くらいいいだろう。仕事納めだ」
「そうね。私も、土門さんにはお世話になりました」
「まったくだ」
「ちょっと!」
「毎年、毎年、無茶ばっかりしやがって。一体俺がどれだけ……」
マズイと、土門は慌てて口を塞ぐ。
「どれだけ……何なの?」
「お前には関係ない」
「は?たった今、私が無茶ばかりするって言ってたじゃないの」
「そ、そうだな」
いよいよ土門は追い詰められる。
「それで?私が無茶をするから、土門さんはどうしたの?」
「だから……」
「だから?」
…………詰んだ。
土門は深い、深いため息をつく。
何だか嫌な予感がしていたのだ。
仕事納めという開放感からか、科捜研へ向かう足取りがやけに軽くて、このままでは妙なことを口走ってしまうかもしれない……。
そんな予感は見事に的中してしまった。
「俺はお前のことが心配で、気が気じゃなかった」
「……………」
マリコは黙る。
「榊?」
「それって、もしかして?」
上目遣いで土門を見るマリコ。
その顔は、目は、反則だ。
「その『もしかして』、だったらどうする?」
「検証が必要ね」
実にマリコらしい物言いに、土門は一歩、マリコに近づく。
その時、マリコは灯りを落とした。
暗闇に科捜研はしばしの眠りにつく。
帰れない二人を残して。
fin.
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