Moon Lovers
高速を降りる頃には大分陽も落ちてきた。
んんっ、とマリコが腕を伸ばす。
「起きたのか?もう少しだぞ」
「うん……」
ぼんやりしたままのマリコは、持ってきたペットボトルの水を口に含んだ。
「すっかり眠ってしまったわ。運転してもらっていたのに、ごめんなさい」
「気にするな。寝ていいと言ったのは俺だ」
「ねえ。本当にこっちに月があるの?」
「まあな。月に降り立ったときの最初の一言、考えておくといいぞ」
「やっぱり地球は青かった、的な?」
「そうだ」
土門は楽しそうだ。
「おっ。標識が見えてきた」
土門が指差す先を見たマリコは目を丸くした。
「…………うそっ!」
おなじみの青い道路標識には、確かに示されていたのだ。
『月 3Km』

3Kmはあっという間だった。
二人の目にはゆったりとした川の流れと小高い山並みが赤く照らされ、静かで美しい風景が広がっていた。
そして夕日と交代するように、空には本物の月が姿を見せる。
「メリークリスマス。榊。プレゼントの感想は?」
「…………」
言葉にならないのか、マリコはただじっと空に見入っている。
ふっと息を吐き出すと、「ありがとう」と口にした。
「本当に『月』をプレゼントしてもらえた人は、私くらいかもしれないわね」
ふふっ、とマリコは微笑む。
「連れてきた甲斐があったな」
土門も相好を崩す。そして次の瞬間には表情を引き締めた。
「実はな、もう一つ、別の『月』のプレゼントもあるんだ」
「別の?」
土門がポケットから取り出したのは小さな箱だ。
包装もリボンもない。そっけない箱を土門はマリコへ差し出した。
受け取ったマリコが開けてみると、中には月の形をしたチャームが入っていた。
「ファスナーのスライドにつけるものらしい」
マリコはまじまじと箱の中身を見つめている。
「あ、必要なかったか?」
「要らないわ」と突き返されることも予想して、土門はあえてラッピングをしなかったのだ。
「榊?」
黙ったままのマリコは、ようやく口を開いた。
「本当に、私に?」
「他に誰がいるんだ」
マリコは土門から視線を逸し俯く。
言うべきか、悩み、迷い、それでも訥々と話し始めた。
「…私。……嬉しくて。クリスマスイブを誰かと一緒に過ごすなんてもうないと思ってたし。プレゼントまでもらえるなんて……」
阿呆、と土門がマリコの言葉を遮った。
「俺でいいなら、毎年一緒に過ごしてやるさ。プレゼントも用意する。あ、高価なものは無理だぞ」
土門は真面目な顔で釘を刺す。
「土門さん……」
マリコはチャームを両手で包んだまま、困ったような、苦しいような、何とも言えない表情をしている。
「その代わり。これからは俺以外のやつとクリスマスを過ごすな」
――― 本音。
ようやく言葉にできた。やっとマリコに伝えられた。
「いいの?私で?」
「何度も言わすな。お前以外、他に誰がいるんだ?」
「……うん。うん。約束する。ありがとう……」
土門はマリコの手をとった。
初めて繋いだ手のひらは冷たく、土門は熱を分け与えるようにぎゅっと固く握った。
二人は並んで『月』から夜空の月を見上げる。
吐く息が白く立ち上り、そして溶けてなくなる。
「なあ。ここに着いて最初の一言、本当は決めていたのか?」
「ううん。思いつかなかった。土門さんは?」
「俺は決めてた」
「なに?」
土門は顔をマリコへと戻す。
「もちろん。“月が綺麗ですね”」
昇ったばかりの月の光はまだ淡く、仄かに二人の姿を照らしていた。
fin.
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