Moon Lovers



「涌田さん、頼みがあるんだけど」

「はい?」

君嶋が真剣な顔で亜美に詰め寄る。

「メイクグッズのこと、教えてくれないかな?」

「…………えっと」

亜美は戸惑う。

「それは…君嶋さんが、そのぉ……」

「あ!違う。違うんだ」

君嶋は焦って手のひらをブンブンと振る。

「実はさ、娘がクリスマスプレゼントにメイクセットが欲しいって言うんだ。どんなものがいいのか教えてもらいたくて」

「なーんだ、そうでしたか。いいですよー。最近は小中学生でも使いやすいメイクセットとか可愛いのが一杯ありますよ。ほら、これとか。あと……これなんかもいいかもです」

亜美がタブレットで紹介する商品を、君嶋は真剣にチェックしてはスクショを頼んでいる。


「クリスマスかぁ。もうそんな季節なのね……」

マリコは二人の会話を聞きながら、残り一枚となったカレンダーに目を向けた。




その日の夕方。
マリコが屋上へ上がると、壁際に土門立っていた。

「土門さん!ここだと思った」

「ん?俺に用か?」

「用かって……土門さんが急ぎの鑑定を頼んだんでしょ!」

「え?もう結果出たのか?」

「私を誰だと思ってるのよ」

マリコはドヤ顔で腰に手を当てる。

「科学馬鹿」

「…………鑑定書、いらないの?」

「すまん、すまん」

苦笑する土門に、「もう!」とマリコはやや乱暴に封筒を押し付ける。

「怒るなよ。冗談だ。早くに届けてくれて助かった」

マリコはちらりと土門を見て、「まあ、いいわ」と機嫌を直した。

それから鑑定結果を説明したマリコは「そういえば」と、なんの気なしに先程の君嶋と亜美の会話を土門に聞かせた。

「俺も、テレビでそういう企画を見たことがあるぞ。そのとき、一番困ったリクエストは何か?という話題になって。お前……何だと思う?」

「そうねぇ。あ!マンションとか?」

土門は呆れる。

「夢のない。子どものリクエストだぞ?」

「だって、わからないんだもの。答えは何なの?」

「答えはな。……『月』だ」

「え?月?月って衛星の月?」

「そうだ。その『月』だ」

「それは……。確かに困るでしょうね」

マリコは思わず笑った。
土門は少し考え、「お前なら月が欲しいと思うか?」とマリコへたずねた。

「そんなの、現実的に無理でしょ」

「無理かどうかじゃなくて、欲しいと思うかどうかを聞いている」

「それは……。もちろん、興味あるわよ」

「そうか。確か、24日は非番だったよな?」

土門は確かめるように、マリコを見下ろす。

「え?ええ」

「ふむ。だったらその日、俺に付き合え。『月』をプレゼントしてやる」

「は?また冗談?」

「冗談かどうかは24日のお楽しみだ。じゃあな。予定空けておけよ」

土門は軽く手を上げると、マリコを残し、一課へ戻ってしまった。

「本気かしら……」

マリコは立ち尽くしたまま、首を傾げるしかなかった。



クリスマスイブ当日は生憎の曇天模様だった。しかし天気に反して気温はそれほど低くはない。残念ながら今年はホワイトクリスマスではなく雨の予報が昨日から発表されている。
それでも街は赤と緑に彩られ、おなじみのクリスマスソングがあちこちで流れている。

土門との約束の前にスーパーへ足を運んだマリコは、惣菜売り場がチキンに占領されていることに落胆した。一人でチキンを買ったところで食べ切る自信はない。


正直に言えば、こんなときは隣に誰かいてくれたら……と思わないこともない。
誰かとテーブルを囲み、チキンやケーキ、シャンパンでキリストの生誕を祝う。マリコはキリスト教徒ではないけれど、福音は共有できる。
しかし。
そんなことを望むには歳を重ねすぎた、とマリコは自覚している。

ふと、買うつもりもないのに手にしたチキンを頬張る誰かの姿を想像し、慌ててマリコはチキンを売り場へ戻した。

そして仕方なく隅に積まれた昼食用の弁当と、必要な食材を買い込み、マリコは家路を急いだ。



そろそろ土門が迎えに来る時間だ。
カーテンを開いて空を見上げると、厚い雲は流れ、少しだけだが日差しが覗いていた。どうやら雨は回避できそうだ。
マリコは支度を始めた。何を着ていくか迷ったけれど、結局いつもの通り黒いパンツにブルーのニット、黒いコートを羽織った。

スマホにワンコールの着信が鳴る。迎えの合図だ。マリコはマンションの駐車場へ向った。


「よお!」

土門が運転席の窓を開け、手を挙げた。

「迎えに来てくれてありがとう」

「ああ。乗れよ」

マリコが助手席に収まると、車はすぐに発進した。

「どこへ行くの?」

「高速に乗ってしばらく走ることになる。寝てていいぞ」

「遠いのね?」

「『月』へ向かってるからな」

土門は茶化すように笑う。

「はい、はい」

マリコは気のない答えを返すと目を閉じた。
前日までの疲れが残っていたのか、マリコはすぐに寝入ってしまったようだ。

土門は黙って車を走らせる。

マリコの穏やかな寝息がドライブのBGMだ。
これまで幾度助手席にマリコを乗せただろう。
恐らくシートの位置はマリコに合わせたままだ。
そしてそれを変えるつもりは、土門にはない。
そのままでいい。
そこはマリコ専用のままで。


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