Flavor Of Life
ようやく一つの事件が解決したある日、二人は互いの労をねぎらうため、食事にでかけた。
選んだのはこじんまりとしたおばんざい屋。
適当に注文した皿があらかた空になると、マリコは箸を置いた。
「もういいのか?」
「ええ。もう食べられないわ。お腹いっぱい」
疲れ切った体には、軽い食事がちょうどよかった。
「そうか。なら、そろそろ出るか?」
その言葉を合図に、二人は腰を上げた。
「送ってくれて、ありがとう」
「ああ」
助手席を降りたマリコは、一度も振り返ることなくマンションのエントランスへ消えた。
土門は運転席から、その背中が見えなくなるまで見送った。
いつからだろう。
以前の二人の間には、友情ではない情熱が確かに生まれつつあったはずなのに。
今の二人は同僚にも戻れず、恋人にも進めずにいる。
まるで、熟れずに取り残された青い実のようだ。
宙ぶらりんの関係。
廊下から室内を見回し、マリコは土門を探した。
「土門さん!」
見つけて声をかけると、土門が近づいてきた。
「なんだ?」
「鑑定報告書」
「おう。急がせて悪かったな。ありがとう」
マリコの手から奪うように書類をとると、土門はそのまま背を向けた。
いつからかしら。
以前の二人の間には、開花前の梅の花のような淡い香りが漂っていたはずなのに。今は視線が交わることもない。
友達以上恋人未満とはよく言うが、自分たちの関係性に名前などあるのだろうか。
マリコは自嘲する。
寂しい笑顔が溶けていく。
……ほろ苦い。
人生は複雑で繊細だ。
様々な色の糸が絡み合ってずっと先まで続いている。
まるで織り布のようにきれいに紡がれている糸もあれば、真っ直ぐには戻れないほど縺れてしまった糸もある。
今の土門とマリコは後者だろう。
「ああ、そうだ」
急に土門が振り返った。
「榊。今度の非番、時間あるか?」
「え?ええ」
「これ、行かないか?」
そういって土門が見せたのは映画のチケットだ。
「知り合いにもらったんだ。恋愛ものの映画なんて、他に誘える奴もいなくてな」
つまり、マリコとなら恋愛映画を見てもいいということだ。
「やっぱりミステリーとかのほうがいいか?」
「大丈夫よ。ありがとう」
マリコの返事に土門は明らかにホッとした表情を見せた。
「時間はどうするの?」
「ああ…」
土門は一瞬思案する。
「なあ、今日は何時に上がれる?」
「え?」
今は映画の時間を話していたはずだ。
「そうね……七時くらいかしら」
「それなら、飯でも食いながら当日の予定を決めないか?」
「いい……けど」
「お前に話したいこともあるんだ」
「話したいこと?」
それには答えず、土門はふいにマリコの左手を取ると、小指の隣の指をぐるりと撫でた。
「仕事が終わったら連絡しろ」
思わぬ自分の行動に土門自身も慌てたのか、捨て台詞のようにそう言うと、今度は振り返ることなく仲間のもとへ戻っていった。
残されたマリコは赤い顔で、土門が触れた後を辿るように自分の指に触れてみた。
何かが動き出しそうな予感に、マリコの脳はフル回転を始める。
確か、ロッカーに今よりも明るいリップを置いていたはず。
地味だけど、パンプスもある。
マリコは足元のスニーカーを見ながら、こんな自分が好きだと思った。
「少し違うわね」
“土門さんのために”
そう考える自分が好きなのだ。
答えは、もう出ている。
縺れたままの糸も、1箇所解れるだけであっという間に元通り。
やはり人生は複雑で繊細だ。
これぞ、Flavor Of Life。
fin.
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