たかが3音。されど3音。
翌日、退院したマリコを助手席に乗せ、土門は京都医科歯科大へ向かった。
二人が守衛室を訪ねると、主任警備員らしき中年の男性が準備していた部屋へ案内してくれた。
「こちらがお問い合わせのあった日の防犯カメラ映像になります」
一日分だけだが、設置台数が多いため、それなりの時間がかかりそうだった。
「あの日、私がここへ来たのは16時ころ。被害者を見かけたのは、下りエスカレーターの裏手あたりだったわ」
「よし。その周辺の映像から調べよう」
手分けをして映像を確認していく。数枚めのCDでその場面は見つかった。
「あったわ!」
土門はマリコのモニターをのぞきこむ。
そこには確かに被害者が映っていた。しかし話している相手はカメラに背を向けているためわからない。
「この方はどなたでしょう?」
警備員もモニターを確認するが首を傾げる。
「ちょっと分かりませんね。常勤の先生でないと、顔を見なければなんとも……」
「土門さん。佐沢先生に聞いてみましょう」
「しかし、な」
「手あたり次第に聞いて、噂が広まれば証拠を隠蔽されるかもしれないわよ」
「わかった。聞いてみよう」
「うわぁ✨マリコさん!今日はどうしたんですか?あ、もしかして僕、また鑑定書にミスしてましたか?でも、マリコさんと会えるならミスも悪くないかなー」
「佐沢先生。ミスはよくないです」
「ですよねー」
「あー、コホン」
相変わらずな佐沢の口を止めるため、土門はこれみよがしに咳払いをした。
「あ、土門さん、いたんですね」
「…………」
いて悪かったな、という言葉はすんでのところで飲み込む。
「佐沢先生。お聞きしたいことがあるんです」
「なんです?」
「先生。この方、誰だかわかりますか?」
マリコはタブレットに先程の映像を映した。
「背中を向けているほうの人です。白衣を着ているので、ドクターかと思うんですけど」
「ん…………」
佐沢は近づいたり、離れたり、首を傾げたりして映像に目を凝らす。
「この人、うちのドクターじゃないと思います」
「え?どうしてわかるんですか?」
「ネックストラップの色です。うちのドクターは青のストラップをつけています。赤は来客用なんです……あー!」
「先生?」
「ここ、ここ見てください。看護師長が映ってます。彼女に聞けばわかるかもしれませんよ」
「ありがとうございます。佐沢先生」
「お礼なんて。僕はマリコさんの役に立てるだけで嬉し……」
喋り続ける佐沢を残し、二人はナースセンターに向かう。
看護師長を呼び出してもらうと、彼女にも同じ映像を見てもらった。
「この方、ですか?」
看護師長は不思議そうな顔でマリコを見る。
「はい。ご存知ですか?」
「あの、榊さん」
「はい?」
「確認しますが、あなたは科捜研の方なんですよね?」
「え?ええ、そうですが」
「それなのに、この方をご存知ないんですか?」
「待ってください。それはどういう意味です?」
しびれを切らした土門が割って入った。
「だってこの方、科捜研からいらしたんですよ?」
「は?」
「え?」
音は違えど、二人の口は開いたままだ。
「MRの方の斡旋で、来年度から当大学の研究室へ転職なさるとお聞きしました。この日はご挨拶と施設の見学にいらしたようですよ」
「名前は?この人の名前は何と言うんですか?」
マリコが勢い込んで尋ねる。
「縣さんとおっしゃっていました」
「縣……」
土門の脳裏に、つい先日挨拶を交わした男の顔が浮かんだ。
「お前。縣のことを知らないのか?お前が不在のとき、代わりに現場へ出張って来てたぞ」
「何度か会ったことはある……と思う」
「おい……」
マリコは何事においても境界線がはっきりしている人間だ。
興味のあること、ないこと。
関係のある人、ない人。
必要なもの、不要なもの。
悪気はないのだが、ともに後者については記憶が曖昧だ。
「でも話した記憶はほとんどないし、後ろ姿ではわからないわ」
一応、マリコは気まずそうな顔をする。
「お前はそういう奴だからな。仕方ない。それよりも、どう思う?」
「看護師長さんの話だと、縣さんは科捜研を辞めて、大学の研究室へ転職することになっていたのよね。それも被害者の斡旋で」
「そんな相手を殺すか?いや。金銭トラブルでもあったのか…紹介料とか」
「そうなると、懸さんの転職は正規ルートじゃない可能性もあるわね」
「そこらへんのこと、誰か知らないのか?」
「んー……亜美ちゃんなら、何か知ってるかもしれないわね」
「確かにな。さっそく戻って話を聞こう」
「ええ」
目的を果たした二人は科捜研へ直帰した。