たかが3音。されど3音。



検査の結果、マリコは軽い脱水症状以外は問題がなかった。しかし念の為、今日一日は入院となった。

「入院なんて……大丈夫なのに」

マリコは納得がいかない。

「何言ってるの。強制的にでも入院させないと、マリコさんは仕事に戻るに決まってるって土門さんから忠告されてるの。ちなみに私も同意見」

白衣を着た早月は腰に手を当て、マリコに「今日は面会謝絶の絶対安静」と厳命した。

「あ、でも。土門さんなら許可します」

「土門さんだけ?どうしてですか?」

「土門さんがどれだけマリコさんのことを心配していたか、知ってるから」

「え?」

「マリコさん。土門さんのこと、どう思ってる?」

早月はいい機会だと思い、ストレートに尋ねてみた。

「どう……って」

「おっと。仕事仲間とか、相棒とか、そういう単語は聞き飽きてるからね」

「それ以外には……ない、ですよ」

「本当かなぁ?」

早月は疑いの眼差しだ。

「自分の気持ち、本当は気づいてるんでしょ?」

早月はキッと眦を上げる。

「マリコさん。私、嘘つきは嫌いよ。マリコさんは自分の心に嘘をついてる。私にマリコさんを嫌いにさせないで」

「先生……」

「ちゃんと自分の気持ちを伝えて。言葉にしなければ、その気持ちは無くなってしまうわよ」

「少し、考えさせてください」

「わかった」

検温にやってきた看護師とすれ違いに、早月は戻って行った。



面会終了時間ギリギリになって、土門が顔を見せた。

「よお。具合、どうだ?」

少し前の早月との会話を思い出し、何となく気恥ずかしさを覚えたマリコは横を向いて答えた。

「もう元気なのに、誰かさんの忠告のせいで入院になっちゃったわ」

「ほう。誰だ。そいつは?」

とぼける土門に、マリコは手を伸ばすと、ジャケットごしに腕をつねった。
土門は苦笑する。

「そんなに元気なら心配なさそうだな。榊。すまんが、少し聞き取りをさせてくれ」

急に刑事の顔に戻った土門に、マリコも背筋を伸ばした。

「わかったわ」

「実は昨日、男性の変死体が発見された。ガイシャの遺留品の中に、お前のペンケースがあった」

「私のペンケース?」

「そうだ」

「それで?」

「それで、一時はお前の犯行を疑う声も上がった」

「でしょうね」

「だが、お前の無実は科捜研のみんなの協力で立証された」

「そう。みんなにお礼を伝えなくちゃね。さて、どこから話そうかしら」

マリコは少し考え込む。

「私の身に起きたことを、時間を追って話すわね」

「頼む」

「一昨日の晩、仕事を終えた私はペンの電池交換へ百貨店へ寄ったの」

土門はうなずく。

「その百貨店を出て自宅へ戻る途中、突然背後から顔を布で覆われた。多分布には麻酔薬の成分が染み込んでいたんでしょうね。しばらくして意識を失ったみたい」

「気づきたときには、コンテナの中か?」

「そうよ」

「犯人の顔は?」

「背後から顔全体を隠されたから、顔も性別もわからないわ」

「荷物はどうした?」

マリコは首をふる。

「何も残ってなかった」

「そうか……」

「私からも聞いていい?」

「なんだ?」

「どうして私の居場所がわかったの?」

土門はlDカードの落とし物から奈菜の話までをかいつまんで説明した。

「まあ!奈菜ちゃん、すごいわ」

「未来の科捜研の女、だな」

一瞬、二人に笑顔が浮かぶ。
しかしすぐに話題は事件へ戻った。

「話が前後して悪いな。これが被害者だ」

「あら、この人?」

「知ってるのか!?」

二人に接点はないと思われていたが、早合点だったのだろうか。

「知り合いではないわ。見たことがあるの。ええとね、待って……」

マリコは必死で記憶をたどる。

「そうだ!佐沢先生に会いに行った時、京都医科歯科大で見かけたんだわ」

「佐沢?」

土門の眉がピクリと動く。
佐沢はマリコへの好意を垂れ流す危険分子と土門は認識している。

「佐沢先生に何の用だったんだ?」

勢い、言い方もきつくなる。

「え?解剖鑑定書をもらいに行っただけよ?」

マリコは「そんなことより」と続けた。

「ドクターと話していたと思うわ」

「わかった。早速確認してみる」

「何か分かったら連絡して」

「体が回復したらな」

「もう大丈夫よ!」

「ほんとか?」

土門はマリコの額に自分の額を合わせた。

「!?」

不意打ちにマリコの顔が赤くなる。体温も上がった気がする。

「ふーん。熱はないようだな」

「だ、だから大丈夫って言ったでしょ!」

「わかった、わかった。確認が取れたらメールする。それでいいか?」

「いいわ。土門さんは明日、京都医科歯科大へ行くんでしょ?」

「お前の話が本当だったらな」

「私も同行させて」

「お前は明日退院だろうが」

「だから、その後で」

「断ったら自分で行くつもりか?」

「さあ…。私、有給溜まってるし」

「刑事を脅迫するとはいい度胸だ」

「脅迫なんてしてないわよ。同行させて、ってお願い」

「ものは言いようだな。わかった。お前を迎えがてら、そのまま京都医科歯科大へ回ることにしよう」

「ありがとう、土門さん!」

満面の笑みのマリコに、土門は嘆息するしかない。それでも、その笑顔が土門の気持ちを明るく、上向かせたこともまた、事実だった。



マリコと別れると、土門は京都医科歯科大へ電話をかけ、明日、マリコが被害者を目撃したという日付の防犯カメラ映像を確認させてもらう約束を取り付けた。
マリコが救出されたことで、事件は少しずつ進展を見せ始める。


殺人犯人は誰なのか。
マリコを監禁したのは誰なのか。
2つの犯行は同一犯か。その動機は?


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