たかが3音。されど3音。
同じ頃、マリコは軽い脱水症状と疲労から少しずつ意識が朦朧とし始めていた。落ちていた木くずや、壁の出っ張りを利用してみたが、結局、手足の結束バンドを切ることはできなかった。転がりながら調べたコンテナ内も、あるのはダンボールと、マネキンと、それを包んだビニール袋だけで、脱出に役立ちそうなものは見つけられなかった。
「このままだと、マズイわね……」
口にしてみるが、唇も舌も乾いて掠れた声にしかならない。
何だか眠くなってきた。
マリコは睡魔に耐える気力もなく、身を横たえたまま目を閉じる……。
ふっと何か声が聞こえた気がして、マリコは目を開けた。
意識を失っていたのはほんの僅かなはすだ。
「やだ。土門さんが迎えにきてくれるなんて、夢って本当に願いが叶うのね」
ほとんど音にならなくても聞こえる。
こいつの声は、言葉は、絶対に聞き漏らさない。
「バカヤロウ、夢じゃねーぞ!」
「…え?……ええ??」
「ほら、水だ」
土門に抱えられ、ペットボトルを渡される。
いつのまにか自由になっていた手で受け取ると、マリコは一口、一口、慎重に喉に流し込んだ。
「うまいか?」
「生き返った」
そうか、と安心した土門は笑う。
「体は大丈夫か?」
「そうね……脱水で体力は落ちてるけど、何とか」
起き上がろうとするマリコを、土門は制した。
「無理するな」
「じゃあ、またお姫様抱っこでもしてくれる?」
本人に記憶はないが、散々みんなに聞かされた昔話をマリコは持ち出した。
「お安い御用だ。だだし、今度は監察官と間違えるなよ」
言い返すまもなく、重かったマリコの体はまるで羽が生えたようにふわりと浮いた。
そして、土門の腕の中へ。
「ま、待って。待って。冗談よ。大丈夫だから、下ろして」
「聞けんな」
「でも……」
「恥ずかしいなら、気を失ってるふりでもしてろ」
言われた通りマリコは目を閉じる。土門に運ばれている間、周囲がざわめいているのが聞こえたが、マリコは気を失ったふりを貫き通した。
そして、待機していた救急車に乗せられる。
「マリコさん!」
「え?先生?」
思わず目を開けると、視界に早月が映った。
「やっぱり!わざと気を失ったふりをしてたのね。でも無事でよかったぁ」
早月は泣き笑いの表情だ。
「お前を心配して、先生も待機してくれていたんだ。先生、あとは頼みます」
「わかりました。隅々までチェックさせてもらいます!」
ビシッと土門に敬礼してみせる。
土門は笑うと、「しっかり休めよ」とマリコに声をかけ、扉を閉めた、
すぐにサイレンを鳴らし、救急車は洛北医大へ向かった。
それを見送った土門はスマホを取り出し、藤倉へマリコ救出の報告をした。
『それで、榊の具合は?』
「軽い脱水症状があるようですが元気です。風丘先生と一緒に、今、病院へ向かいました」
「そうか。…………よかった」
安堵のため息が通話越しにも聞こえた。
「まったく、いつまで経っても世話の焼ける奴らだ」
「はい……え?奴ら??」
「何でもない。榊も無事に救出された。お前はすぐに殺人の捜査へ合流しろ」
「はっ」
通話を終えると、土門は喉の乾きを覚えた。思った以上に緊張していたのかもしれない。
コンテナの床に倒れたマリコを見つけたときは心臓が止まるかと思った。すぐにでも安否を確認しなければならないのに、触れたマリコの肌が冷たかったら…そう思うと土門は足がすくんで一瞬動けなくなった。まるでコンテナ内に転がっているマネキンのように、マリコの顔は白く生気がなかったのだ。
「生きていてくれてよかった……」
心から溢れた思いが口から零れた。
幸い、近くには誰もいない。
土門はネクタイを締め直すと、捜査へと気持ちを切り替えた。