たかが3音。されど3音。
マリコが意識を取り戻してから数時間。夜は明け、僅かだが陽の光が差し込む。マリコはようやく自分が監禁されている場所を観察することができるようになった。
どうやらここはコンテナの中らしい。
あちこちに大量のダンボールが積まれている。その中の一つは蓋が空いたままになり、何かがはみ出していた。
「何かしら?」
じっと目を凝らしたマリコは、突然息を飲んだ。
「腕?」
箱からはみ出していたのは、確かに右肘から下のように見えた。しかしやけに色が白く、質感も皮膚とは異なるようだ。
「ああ、マネキンね」
よく見れば、他のダンボールの隣にもビニール袋が無造作に置かれ、その中にも棒状のものが透けている。ここはマネキンの廃棄コンテナのようだ。
とにかく脱出する方法を考えなければならない。
おそらく、自分を監禁した人間はここには来ない。人質にするつもりなら、ペットボトルの一本でも置いていくはずだろう。それがないということは、マリコは見捨てられたと考えるべきだ。
マリコは鉄壁に耳を当てる。低い機械音が少しずつ近づいてくるのがわかった。
「コンテナを積んでいるんだわ!」
このコンテナの行き先が、もしも海外だとしたら…。
思わずマリコは叫ぶ。
「誰かー!!!」
しかしどんなに叫んでも、その声は機械音にかき消されてしまうのだった。
マリコのペンケースを所持していた被害者は、製薬会社のMRだったことが判明した。
もしかしたら鑑定と関係があるかもしれないと、マリコを知る人たちは淡い期待を抱いたが、そんな事実は出てこなかった。
しかし、同時にマリコが殺害する動機も未だ見えてこない。接点のない人間を殺害するには、いったいどんな理由があるのだろうか。
捜査は暗礁に乗り上げた。
「解剖報告書、もらってきました」
現在、マリコの代わりに法医を担当しているのは縣だ。縣は別の事件を担当しているのだが、マリコの不在をカバーするため、必要な時には鑑定を手伝っている。
「わざわざ取りに行ってくれたんですか?」
亜美が目を丸くする。
「洛北医大は出勤ルートですから」
「風丘先生が持っていくと言ってなかったかい?」
「はい。言われました。でもそれでは二度手間ですから、もらってきました」
「そ、そう」
今日のおやつが寂しくなることを予想し、日野はあからさまに肩を落とした。
「それで、死因は?」
宇佐見が縣にたずねる。
「中毒死のようです」
「中毒?」
「はい。風丘先生のお考えでは、薬の飲み合わせを間違えたのではないかと」
「MRが、ですか?」
宇佐見は法医学者としての早月の腕は信頼しているが、それでもにわかには信じられない。
「それじゃぁ、事故死……ということになるんでしょうか?」
君嶋は首をかしげる。
「そうとも言い切れません。誰かが薬をすり替えた可能性もあります。例えば犯人はペンケースに入れて持ち歩いていた薬と、本物をすり替えた。その時、何かの拍子でペンケースが被害者のかばんの中に落ちてしまった……」
「ちょっと待ちなさい。君は仲間であるマリコくんを疑っているのかい?」
「仲間?私達はそれぞれ独立した鑑定を行う科学者です。あくまで私は可能性の話をしています」
縣は心外だという顔をする。
「縣さん。科学者ならばあらゆる可能性を検討するのは当然のことです。しかし、今この状況で根拠のない可能性を口にすることは、私には得策とは思えません」
牽制する宇佐見に、縣は一瞬黙る。
「そう、ですね。宇佐見さんの仰る通りです。すみません」
個人が独立した鑑定を行うとはいえ、科捜研も一つの組織だ。組織には組織を守る責任がある。マリコの立場が危うい今、そのマリコの不利となるような可能性を口にすることは慎むべきだ。
どこに耳があるかわからない。
もしマスコミに嗅ぎ付かれたら、科捜研全体に飛び火するだろう。
「今はマリコさんを見つけ、事件の真相にたどり着くことが我々を守ることになるんですよ」
「はい。肝に銘じます」
日野は宇佐見と話す縣の表情を盗み見る。
縣は研究員としては非常に優秀だ。鑑定の速さ、正確さには定評がある。しかしマリコと比較すればやはり差が出てしまう。
マリコは法医以外の鑑定にも造詣が深い。だから一つの物証に対して様々な角度からのアプローチが可能だ。それは、より捜査に役立つ鑑定結果を出すことができるということだ。
それを知っているから土門や藤倉はマリコの鑑定を求める。まあ、藤倉は時々行きすぎだと眉をひそめることもあるのだが。
縣には期待しているが、経験不足に加え彼には協調性が欠けている。にもかかわらず向上心は非常に強い。
扱いづらいタイプだと、日野はため息を落とした。