たかが3音。されど3音。
「土門はどこだ!」
一課の刑事でありながら捜査会議をすっぽかした大馬鹿者に怒りを抑えきれない藤倉は、相棒である蒲原を怒鳴りつける。
蒲原は「すみません」とただ頭を下げるばかりで何も語ろうとはしない。それがさらに火に油の状況を作り上げている。
「いいか。連絡がついたらすぐに部長室へ来させろ。すぐにだぞ、わかったな!!!」
「はい!」
「何をやっているんだ、馬鹿者が!」
本日発生した殺人事案は、突如非常にセンシティブな要素を含む事件へと発展した。それは科捜研の宇佐見研究員による、被害者の遺留品についての説明が行われたからだ。
科捜研の榊研修員が事件に関与している可能性がある。そして本人とは現在も連絡がつかない。
『もしや?』
捜査員の中には公然と疑惑を口にする者もいた。
こんな時こそ、この場には土門が必要だと藤倉は痛感した。あの男の一喝と統率力は間違いなく京都府警一だ。もし同じ立場で自分と土門が対立すれば、捜査員の多くは土門側に着くだろう。土門のいない一課は、明らかに統率力を欠いていた。
「一人で探してどうなる?馬鹿者」
ため息混じりに吐き出すと、まさにその馬鹿者からの着信が蒲原にかかってきた。
藤倉の「10分以内に面を出せ」という厳命に3分遅れて、土門は部長室のドアをノックした。
土門の顔を見るやいなや、藤倉はマリコの居場所を問いただした。
「わかりません。あいつの自宅から足取りを追っていますが、目撃証言もなく、防犯カメラにもヒットしない状況です」
「今回の殺人事件、榊の犯行ではないかと推測する者もいる」
「は?動機は何です?あの被害者と榊は面識があったんですか?」
畳み掛ける土門を、「おちつけ」と藤倉は宥める。
「二人の間に接点は見つかっていない。しかし何の関係もない人間のペンケースを持っていたりするか?例えば何らかの理由で榊からペンを借り、その一本だけを持っていたというなら、まだ話はわかるが……」
藤倉は捜査会議の資料を土門の前に置いた。そこには被害者の情報と殺害現状の写真に混じって、マリコの身上書もファイリングされていた。
「こんな……まるで榊が犯人だと言わんばかりじゃないですか!」
「仕方がない」
「部長はあいつを本気で疑っているんですか!」
土門は我慢できず、藤倉に詰め寄った。
「私の個人的感情は今は関係ない。消息不明に遺留品。その事実が、榊マリコの犯行説を濃厚にしている。ただそれだけのことだ」
「部長!」
激昂する土門。
今度は藤倉がその胸ぐらを掴んだ。
「ここで私に喧嘩を売ってる暇があるなら、もっと他にやるべきことがあるんじゃないのか?榊が無実だというなら、その証拠を持って来い。一分でも一秒でも早く!!!」
同じだった。
怒る藤倉の瞳にもマリコを信じ、気遣う色があった。
立場上自らが動くことはできず、ただ待つしかない藤倉の歯がゆさに、ようやく土門は気づいた。少なくとも自分はマリコのために捜査を行うことができるのだ。
「すみません。すぐに捜査に戻ります」
「蒲原を連れて行け」
土門は藤倉の背中に頭を下げると扉に向う。
閉じた扉を見つめ、藤倉は誰にともなく呟いた。
「頼む…」
土門は蒲原を連れ、科捜研に立ち寄った。
「土門さん!」
全員が心配そうに立ち上がる。
「自分が榊の無実を証明します。だからみんな、力を貸してほしい」
即座に全員が頷いた。
「僕たちは何をすればいいかな?」
日野が代表して声をあげた。
「まずはいつも通り、事件の鑑定を進めてください。それと並行して榊の行方を追いたい。防犯カメラの解析もお願いします。大変ですが、榊への連絡も続けてください」
「わかりました。状況は逐一報告します。それで土門さんたちは何を?」
「捜査本部とは別に動きます。まずは榊を見つけ出すことが、あいつの無実の証明と真犯人に繋がるはずです」
「土門さん、蒲原さん。マリコくんのこと、どうかよろしくお願いします」
「もちろんです!」
土門は科捜研メンバー、一人ひとりの顔を見回し、力強く頷いてみせた。