たかが3音。されど3音。
「話してもらおうか?」
取調室で土門が水を向けると、縣の口からは堰を切ったように不平不満が流れ出した。
「私は大学でも将来を嘱望された研究者だった。もともとは研究室へ残るつもりだったが、ある時、尊敬する先輩から噂を聞いた」
「噂?」
「京都府警の科捜研に、非常に優秀な女性科学者がいると。先輩は科警研へ就職していた。先輩がそんな風に手放しで人を褒めるのが意外で、興味を持った。だから、科捜研へ就職した」
「それが、榊か?」
「そうだ。確かに榊さんは優秀だ。それは認める。それでも私は自分のほうが研究者として優れていると自負している。ところが、どんなに私が成果を上げても、私の立ち位置は常に二番手なんだ。学会や科捜研の研修へ行っても、京都府警と名乗れば『榊さんのいる科捜研』と言われる」
「それで?」
感情の高ぶる縣とは対象的に、土門は冷静に先を促す。
「私の価値を正しく評価できないところにいる必要はないと判断した。そこで何度か学会で顔を合わせていたMRの池谷に転職の相談をした」
「それが被害者か」
「そうだ。彼は京都医科歯科大学の研究室を紹介してくれた。転職が決まり、お礼に私は彼を食事へ誘った。帰り際、酒の入ったあいつが言ったんだよ」
縣の唇が震える。
『本当は榊さんクラスの研究者を紹介できればよかったけど、まあ、懸縣さんでもいいですよ』
縣は拳を振り下ろす。バン!と机が大きな音を立てた。
「それで、今回の計画を立てたのか?」
「ああ。榊さんを拉致し、彼女のペンケースを手に入れたあとで、ヤツを殺した」
「彼は中毒死だったぞ?」
「MRは新薬には敏感だが、自社の既存の薬には何の疑いも持たないからな。最近胃の調子が悪いといういうから、私はあいつの会社の胃薬のカプセルの中身をすり替えて渡しただけだ。基礎疾患持ちだったようだし、飲み合わせでも悪かったのかもしれないな」
縣は乾いた笑いを浮かべる。
「そして榊に罪を被せるために、ペンケースを被害者のかばんにいれたってわけか……」
「培養液以外、私に繋がる物証は何もなかったんだろう?」
「ああ」
「やっぱり私は優秀だ」
「バカか、お前」
「なに?」
「何が優秀だ。結局は榊にお前が犯人だと暴かれたんだ。やっぱりお前は榊を超えられない。お前は自分より榊が優秀だと、自分で証明したんだ」
土門の言葉に放心した縣は、そこからは抜け殻のように淡々と事件を語った。