たかが3音。されど3音。
後日、藤倉が招集した捜査会議には捜査員以外に、日野、マリコ、縣も出席を命じられていた。
「捜査会議を始める!」
号令の後、土門が立ち上がる。
「本日はこれまでの捜査で判明した事実を説明する。まずは、科捜研の榊研研究員の拐拉監禁致事件についてだ。本人から話してもらおう。榊」
呼ばれてマリコは立ち上がる。
「私は○月☓日、帰宅途中、何者かに薬品をかがされ意識不明に陥りました。そして目覚めた時には手足を縛られ、コンテナらしき中に監禁されていました。後で聞いたところによると、同日発生した殺人事件の被害者の遺留品の中に私のペンケースがあり、一時は私の犯行も疑われたようですが、被害者の死亡推定時刻、私にはアリバイがあります」
マリコを疑った数人の捜査員たちはバツの悪そうな顔をしている。
「さて、私の救出には土門刑事、蒲原刑事と科捜研が捜査と分析を進めてくれました。実はあの日、私はペンの修理のため百貨店へ立ち寄っていました。遺留品から見つかった私のペンケースの中のペンは、不具合が直っていました。つまり、ペンの修理が終わった後で私は拉致され、その後で犯人は私のペンケースを抜き取り、被害者のカバンの中に入れたことになります。そして、翌日。交番に落とし物から届けられました。私のIDカードです。不審に思った交番巡査が連絡をくれたことで、付近のコンテナから私は救出されました。そして救出された後で、私は初めて殺人事件の発生と、被害者の顔を知りました。犯人にとって誤算だったのは、私が被害者を知っていたことでしょう」
声高に断言したマリコの顔を、思わず縣が見上げた。
「正しくは“見知っていた”という程度ですが、私は以前、京都医科歯科大学で被害者を見かけたことがありました。その記憶を頼りに京都医科歯科大学から防犯カメラの映像を借り受け、分析し、被害者の映像を見つけました。それがこれです」
マリコは中央のモニターに見つけた映像を流した。
全員の目が画面に釘付けになる。
「榊。こちらに背を向けている男性は京都医科歯科大学の医師か?被害者と話してるようだが」
藤倉がマリコへたずねた。
「いいえ。違います。看護師長の話によれば、この男性は被害者の斡旋で、これから京都医科歯科大学の研究室へ転職をする科捜研の研究員でした」
「なに!?それは誰だ」
藤倉だけでなく、この場が騒然となる。
この一連のやりとりは、すでに藤倉とは打ち合わせ済みだ。縣を追い込むため、一芝居打ったというわけだ。
日野とマリコの間で縣はうつむいていた。いつの間にか、彼の席の前には土門が、後ろには蒲原が座っていた。
「こちらにいる、縣研究員です」
マリコは縣を見下ろした。
「私の拉致と殺人はあなたの犯行ですね?縣さん」
「証拠は?」
「否定しないんですね?」
「否定する必要もない。証拠がないなら、私の犯行ではない」
縣には完全犯罪を成し遂げだ絶対的な自信があった。確かに思わぬ誤算はあったかもしれない。しかし物証は絶対にないはずだ。そう信じていた。
「証拠ならありますよ」
マリコは白衣のポケットからビニール袋に保管されたIDカードを取り出した。
「これは、交番に届けられた私のIDカードです」
「そこに私の指紋でもあったというのか?」
「いいえ。このカードからは誰の指紋も検出されませんでした」
ふん、と縣は鼻で笑う。
「ですが、ここ」
マリコはネックストラップのある部分を指差した。
「ここから、極微量の培養液の成分が検出されました」
「培養液?そんなもの、あなたが過去の鑑定で使ったときにでもついたんだろう」
「いいえ。この培養液は科捜研では扱っていないものでした。縣さん。あなたは今、別の事件の鑑定のため、外部の研究機関の協力を得て、ある菌の培養実験をしていますよね?」
「………………」
縣の顔から少しずつ血の気が引いていく。
「その機関に依頼して培養液を鑑定させてもらいました。このストラップに染み込んだ培養液の成分と一致しましたよ」
つまり指紋もないIDカードのストラップに、縣が使用している培養液だけが染み込んでいたということだ。
「縣。お前が榊を拉致し、監禁したんだな。殺害もお前か!」
振り返った土門が縣の胸ぐらを掴む。
「何故、殺した!」
「…………………………『でもいい』って言ったんだ」
長い長い沈黙の後、縣は言った。
「どういう意味だ?」
「あいつは、縣さん“でもいい”って言ったんだよ」
「土門。取調室へ連れて行け」
藤倉の指示で蒲原ともう一人の捜査員に脇を抱えられ、縣は引きずられるように会議室から出ていった。
扉からその姿が消えるまで、彼の目はじっとマリコを睨んだままだった。