たかが3音。されど3音。
「え?縣さんのこと、ですか?」
「そう。何か知ってる?」
「何かって……何を知りたいんですか?」
「ええと……」
転職の件を話すべきか、マリコはためらう。
「そもそも縣研究員はどんな人なんだ?」
土門が助け舟を出す形で、自分も知りたかったことをたずねた。
「縣さんは、マリコさんと同じ法医研究員ですよ。マリコさんが担当している事件には参加しないので、私たちと一緒に動くことはほとんどないですけど」
「何で榊が担当している事件には参加しないんだ?」
素朴な疑問だ。
しかし亜美はきょとんとした顔をした後で、ああ、と納得したように答えた。
「だって、うちにはマリコさんより優秀な法医研究員はいませんから。縣さんはマリコさんの手が回らなかったり、少し優先度の低かったりする事件を担当しているんです」
「え?そうだったんだ……」
初耳、とマリコは目を丸くする。
「知らなかったのか?」
「全然」
土門は大きなため息を吐き出す。
「はぁ。……お前、知らないうちに恨みを買うタイプかもな」
「そんなことないわよ」
「お前はそうでも、相手はわからんぞ」
「土門さんの意見、当たってるかもです。噂ですけど、縣さんは科捜研を辞めて転職の準備を進めているって聞きました。マリコさんと比較されるのが嫌になったのかもって。あくまで噂ですけど」
土門とマリコは顔を見合わせる。
それは噂ではないことを二人は知っている。
「ありがとう、亜美ちゃん」
「いえ」
亜美はピシッと敬礼して見せた。
二人はマリコの鑑定室へと場所を移した。
「縣が例のMRを殺害したかは不明だが、お前を拉致して、ペンケースを被害者の遺留品に混ぜ込んだのは奴かもしれんな」
「私への恨みで?」
「その可能性は否定できん」
「…………」
珍しくマリコは落ち込んでいるようだ。
「縣が勝手にお前に対する劣等感を持っているだけだ。お前のせいじゃない。縣自身の問題だ」
「わかってる。わかってるけど……いい気分はしないわ」
「落ち込むのは事件が終わってからにしろ。鑑定結果が出揃ったみたいだぞ」
土門は窓の向こうへ視線を向ける。
みんなが資料を手に集まっていた。
「そうね。土門さんの言う通りだわ」
「俺もこれから捜査会議だ。縣のことは報告させてもらう。お前とのことにも話が及ぶと思うが……」
「うん。大丈夫」
「何かあれば連絡しろ」
大丈夫ではないだろうが、今の土門にかけてやれる言葉はそれだけだ。
曖昧に頷くマリコを見て、土門の胸がちくりと痛んだ。もっと近い距離にいられたなら、別の言葉、別の方法で支えることができるのに。
心地いいはずの距離感に、土門は少しずつ歯がゆさを覚え始めていた。