好きにして
「
背が高く、顔立ちのはっきりとしたその弁護士は、歳は土門より随分と下のようだが、なかなかの貫禄を持った美丈夫だ。
「捜査一課の土門です」
「これは任意の取り調べだと聞いていますが?」
「そうです」
「でしたら、長時間の拘束は問題ではないですか?」
二人の視線が絡み火花が散る。
「……蒲原!連れてこい!」
呼ばれた蒲原は不服そうな顔で取り調べ室へ向かった。
「土門さん!…と、お取り込み中?」
鑑定結果を届けにきたマリコはピタリと足を止め、土門をうかがう。
「いえ。もう済みました。榊マリコさんですよね?」
「え?ええ、そうですが……」
訝しげにマリコは、相手を見上げた。
「お久しぶりです!マリコ先生」
そんな風に自分を呼ぶ人は一人しかいない。
「え?もしかして、翼くん!?」
「そうです。15年ぶり…ぐらいですか?」
「本当ね!おじ様はお元気?」
珍しくマリコがはしゃぐような声をあげて、翼と握手をかわす。
会話の弾む二人を、蚊帳の外の土門が不機嫌そうに眺めている。
「京都にいらっしゃると、榊のおじさんに聞いていたんですが……お会いできて光栄です!」
翼は目を細め、しばらくぶりに会ったマリコを見つめた。
15年ぶりだというのに、変わらずマリコは美しく聡明な雰囲気をまとっていた。
「そうだ、マリコ先生。今度食事でもどうですか?積もる話もありますし……」
「ええ。いいわよ!」
即答するマリコに、ますます土門の眉間のシワが深くなる。
「よかった!また連絡しますね。これ、僕の連絡先です」
手早く名刺に番号を書き込み、マリコに手渡す。
「では、失礼します」
もはや睨み付けるような顔の土門を一瞥すると、翼は被疑者を連れて帰っていった。
「榊」
「ああ!そうだったわ。鑑定書持ってきたの」
土門は書類を手渡そうとするマリコの腕を掴むと、大股で歩きだした。
「ちょっ、待って。土門さん?」
マリコは速足で着いていくのが精一杯だ。
「お前には色々と聞きたいことがある……」
低く籠るようなその声は、マリコでなければ震え上がっていたに違いない。
「あの弁護士とはどういう関係だ?」
屋上で土門の訊問が始まった。
「翼くん?彼のおじ様に頼まれて家庭教師をしたことがあるの」
……なるほど、それで先生か。
「いつの話だ?」
「彼が高校3年生のときよ」
「てことは、お前は?」
「23歳のとき」
23…土門は無意識に顎を撫でながら、眉をひそめる。
23歳のマリコ。
性格は今以上に突き抜けていそうだが、それを差し引いても高校生の目には、さぞかし魅力的に映ったことだろう。
自分の知らないマリコを知っている男がいるというだけで胸くそ悪くなるなんて、自分も大概だと土門は自嘲した。
「で?あいつと飯に行くのか?」
「約束したし…」
「……そうか」
15年ぶりの再会に、行くなとは言えない。
そこまで狭量の男にはなりたくなかった。
土門は様々な思いを飲み込んで息をつくと、マリコに言った。
「どうせ酒が入るだろう。帰る前に必ず連絡しろ。迎えに行く」
これが土門なりの最大限の譲歩だった。
「わかったわ。あの……」
「なんだ?」
「……ありがとう」
「……おぅ」
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