あなたを忘れるくらいなら


「で、マリコさんがあの男の子に事件について説明してるの?」

「はい」

「大丈夫?」

科捜研へ顔を出した早月は、マリコの鑑定室へ心配そうに目を向ける。
科捜研のメンバーも早月も、事件の真相についてはマリコから聞いている。そして、誰かが理久に話さなければならないことも理解している。でも、そんな辛い役目をマリコ一人に背負わせることを皆が心配していた。

「失礼します」

榎並との話を終えた土門が科捜研へやってきた。

「ああ、土門さん。榎並さんは?」

「別室で待機してもらっています。理久の状態によっては面会は後日にしてもらうつもりです」

「うん、そうだね」

日野は何度もうなずいている。

「榎並さんのほうはどうでしたか?」

宇佐見の問いに、土門は答えた。

「事件の真相も動機も理解してくれたと思います。そのうえで榎並さんは理久との面会を望んでいます」

「だけど会ったこともなければ、母親から父親についてほとんど聞いてないんでしょう?そんな状態で面会なんて、すぐには難しいんじゃないかしら」

早月は母親の視点から意見を口にした。

「そう、かもしれません。すべては榊からの話が終わってからです。あいつは理久がここへ来てからずっと一緒にいました。母親が死んだ今、理久を一番理解できるのは榊でしょう。そして理久が話を聞きたい相手も、きっとあいつだ。榊の理久を想う気持ちと、嘘偽りのない言葉はきっと理久に届くはずです」

そう言うと土門は口を閉ざし、じっとマリコの鑑定室を見つめた。

「はぁー。相変わらずね、二人は」

早月が隣の亜美にささやくと、「ですね」と亜美も答えた。

「無自覚で惚気けないでほしいわよね」

早月のボヤキにも、土門は無言を貫いた。



鑑定室ではマリコと理久が向かい合って座っていた。マリコは理久にわかりやすい言葉を選んで、母親の事件について説明した。すべてを理解することは無理かもしれないが、母親の死の理由を、理久は幼いながらも何となくわかったようだ。

「それでね、理久くん。驚かないで聞いてほしいんだけど、理久くんのお父さんがここに来ているの」

「お父さん?」

「そうよ。あ母さんから、お父さんはプリン作りが上手って聞いていたんでしょう?」

うん、と理久はうなずく。

「お父さんはお母さんから手紙をもらって、理久くんのことを知って、理久くんに会いたいって言ってるの」

「お母さんが僕のこと、手紙に書いたの?」

「ええ」

しばらく理久は黙り込んでいたが、手を伸ばしてマリコを探す。マリコはその手を掴まえて、握った。

「ここにいるわ」

「マリコ。僕、お父さんに会うよ」

「無理しなくてもいいのよ?」

「ううん。お母さんは、きっと僕とお父さんを会わせたくて手紙を書いたんだ。だから僕、お父さんに会うよ。だけど…」

理久は急にソワソワしだした。

「どうしたの?」

「マリコも一緒に居てくれる?」

「え?」

「お父さんに会うとき。だめ?」

「だめじゃないわ。わかった。私も一緒にいるわね」

理久は、きゅっと唇を引き結んだ。

この子は辛い事実を乗り越え、新しい一歩を踏み出そうとしている。

マリコは全力で理久を支えると心に決めた。


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