あなたを忘れるくらいなら
父親の捜索が手詰まりなのに対して、事件捜査には進展があった。
凶器のナイフが発見されたのだ。それは柄がなく、刃の部分だけの状態で冷凍庫から発見された。
事件当時、製氷皿の後ろに張り付いていた刃が、冷蔵庫の電源を落としたことで溶け、発見に至った。
遺体発見時、理久の母親は冷蔵庫へもたれかかるように座っていたという。
マリコはご遺体の発見場所と見つかった凶器から、一つの仮説を立てた。
その刃には二人分の血痕、そして、指紋は一人分だけが残っていたのだ。
「どういうことだ!」
マリコから屋上へ呼び出された土門は、話を聞き、思わず声を荒げた。
「でもそれが、科学の導き出した答えよ」
「動機は?」
マリコは首をふる。
「それは分からない。だから土門さんに最初に伝えたのよ」
「つまり、科学の答えが正しいことを証明するために、俺に動機を探れということか?」
「怒らないで。それだけじゃないってこと、わかってるでしょ?」
「………すまん。お前にあたっちまった」
土門が言ったことも理由の一つではあるが、何より犯罪の動機を明らかにするのは、土門たち刑事の仕事だ。
「理久くんのこれからのためにも、今話した観点から、事件を見直して欲しいの」
「………わかった」
土門の返事は重い。
どんな理由があるにせよ、理久には辛い話を聞かせることになるだろう。
神様は、まだあの子に試練を与えるのか…土門は右手を握り、コンクリートの手すりに叩きつけた。
マリコは赤くなったその手を、自分の手のひらで包んだ。
「痛くない?」
「榊?」
「土門さん、一人で抱えないで。私も同じ気持ちよ。だから私にも半分渡して」
その言葉だけで、土門の気持ちは晴れていく。
「バーカ」
「今、バカって言った?」
マリコは土門の顔を覗き込む。
「見るなよ。もう行く」
土門はマリコへ背中を向ける。
その背中が扉の向こうへ消える前に。
「……サンキュー」
聞こえた小さな感謝。
「素直じゃないのよね、本当」
マリコはため息混じりに苦笑する。
おそらくここに早月がいれば、「似たもの夫婦だけどね」と突っ込んだことだろう。
