あなたを忘れるくらいなら
「マリコ、お腹すいた!ごはん!!」
理久の声に、壁掛け時計を見上げたマリコは、時刻が20時を過ぎていたことにようやく気づいた。長い時間、鑑定に没頭していたようだ。
マリコが慌てて鑑定室を出ると、理久は退屈そうに椅子の下の足をぶらぶらさせていた。
「ごめんね。何か頼もうか。何が食べたい?」
「プリン」
「それはおやつでしょう?ちゃんとご飯を食べなきゃ大きくなれないわよ」
「やだ。プリンが食べたい!プリンがいい!!」
理久は我儘だ。
マリコも最初はそんな理久に戸惑ったが、実は単に我儘なわけではないと、マリコは気づき始めていた。
「わかった。プリンも食べていいわ。でもその前に、ちゃんとご飯を食べてからよ」
「いい?」と確認すると、理久はこっくりうなずいた。
この子は頭がいい。
自分の希望叶えるためにどうすればいいか、ちゃんと考えているのだ。
数十分後、宅配弁当を平らげた理久は、ご褒美のプリンを嬉しそうに食べていた。
「理久くんはプリンが大好きなのね」
「ママも好きだよ」
「ママも?」
「うん。ママはパパのプリンが一番好きって言ってた」
マリコの箸を持つ手が止まる。
「ね、理久くん。他にもママからパパのこと、何か聞いたことある?」
父親に関して理久が知っていたのは、プリンやケーキを作るのが得意ということだけだった。
「もしかして、父親はパティシエか?」
捜査会議でのマリコの発言を聞き、藤倉が口にした。
「それ以外にわかっているのは、AB型ということだけです」
一つでも手がかりが増えるのはありがたい。藤倉はその場にいる捜査員たちへ指示を飛ばした。
「いいか。何が何でも父親を探し出せ!」
「はいっ!」
マリコからの話をもとに、捜査一課、所轄からも人員を割き、理久の父親捜索が本格的に始まった。産院の記憶によれば、理久の出産時には、すでに父親はいなかったらしい。理久の母親と親しかった友人、職場の同僚にも聞いてみたが、皆、理久の父親のことは聞いたことがないという。中には、理久の障害のことすら知らない者もいた。理久の母親はあまりプライベートを明かさない人物だったようだ。パティシエの線からも調べているが、国内にAB型のパティシエはごまんといる。
一朝一夕で見つけ出すのは困難だろう。
