あなたを忘れるくらいなら
翌日、土門とマリコは、それぞれ事件に関する大きな情報を得た。
土門は府警に戻ると、すぐにマリコを屋上へ呼び出した。
「何かわかったの!?」
走ってきたのか、マリコは息があがっていた。
「理久の母親が通院していたことがわかった」
「どこか悪かったの?解剖所見では特に…」
「若年性認知症を発症していたらしい」
「え?」
理久の母親の遺体を解剖したのは早月ではない。
たまたま別の解剖と重なったため、マリコと早月はそちらを担当していたのだ。
「所轄に聞いたら、担当したのは若い解剖医だったらしい。おそらく見逃していたんだろうな」
「進行具合はどの程度だったの?」
「病院から一人で帰れない日もあったらしい。それにここ数週間は鬱症状も出ていたようだ」
「理久くんは気づいていなかったのかしら?」
「理久は何も言わないが、母親の微妙な変化には気づいていたかもしれないな。幻覚や幻聴に悩まされていると医師には相談していたらしいな」
「そう…」
マリコは何か考え込んでいた。
「どうした?」
「うん……」
「気になることがあるなら話してみろ」
「実は、今結果が出たところなんだけど、この前話した古い血痕…」
「誰のものか、わかったのか?」
土門は前のめりになる。
「個人の特定はできていないわ。ただ、DNA鑑定の結果、この血液の持ち主と理久くんは血縁関係にある」
「は?血縁?」
「多分、父親の血液だと思う」
「父親って…でも、古い血痕だと言っていたよな?」
「ええ」
「どういうことだ…」
「理久くんのお母さんを刺した凶器に、父親の血痕がついていた。つまり、その凶器は昔、理久くんの父親を傷つけていた、ということになるわね」
「まさか、理久の父親もすでに…?」
「付着していた血痕はごく微量よ。そこまで飛躍はできない。ね、理久くんの父親は?まだわからないの?」
「ああ。だが、その結果が出た以上、本腰を入れて捜索を開始する」
「うん………」
マリコの表情は複雑だ。
この結果は、理久の父親が、母親の死に何らかの関わりがあることを示唆している。マリコは理久のことを考え、胸を痛めているのだろう。
「落ち込むのは、すべてわかってからにしろ。飛躍はできないと言ったのはお前だぞ」
「わかってる。わかってるけど」
ふう、と土門は息をつくと、くるりとマリコへ背を向けた。
「土門さん?」
「これなら誰にも見えないだろう」
マリコは土門のジャケットを掴むと、そっと背中に額を押し当てた。
「…………ありがとう」
