あなたを忘れるくらいなら
ひとまず理久にジュースを与えると、マリコは土門を連れて鑑定室へ入った。
「理久くんのお母さんの傷口に、別の血液型の古い血痕が付着していたわ」
「なに?まさか連続殺人か?」
「まだ分からない。今、付着していた血痕の分析を進めてる」
「急ぎで頼む」
「ええ」
「ところで理久はどうするんだ?」
「どうするって?」
「毎日ここに泊まり込むわけにもいかんだろう」
「そう?私は構わないけど。冷暖房完備で快適だし、何より出勤時間がかからなくて便利よ」
「俺が構うんだ」
「どういうこと?」
土門の心、マリコ知らず。
土門は天を仰ぐと、椅子に腰をおろし、「ガラス、スモークにしろよ」とマリコに言った。
「なぜ?」
「いいから」
「う、うん」
マリコが言われた通りにすると、土門はマリコの手を引いた。ふいのことに、マリコの体が揺らぎ、土門のほうへ倒れ込みそうになった。両手でそれを支えた土門は、そのままマリコの胸に顔を埋めた。
「ち、ちょっと、土門さん!」
マリコは焦るが、土門はマリコを離す気はなかった。そのままじっとしてると、馴染んだマリコの香りが土門を包む。
土門はこの香りが好きだ。
香水には真似できない安らぎと、時に興奮を運んでくる、マリコの香り。
「今はこれで我慢してやる」
「我慢って…」
ようやくマリコも気づいた。
そしてみるみるうちに顔を赤くする。
「このツケは後でたっぷり払ってもらうからな。鑑定、頼んだぞ」
土門は振り切るように立ち上がると、鑑定室を出ていった。
一人残されたマリコは、火照った顔を手で覆う。
「もう、こんな顔じゃ戻れないじゃない…」
早く外へ出たいと思う気持ちとは裏腹に、次の休みのことを考えると、マリコの頬の赤みは引くどころか、一層鮮やかに染まるのだった。
