あなたを忘れるくらいなら
理久が科捜研を去る日。
榎並は約束通りプリンを作ってきてくれた。
科捜研のメンバーに、土門、蒲原、なぜか早月まで集合してご相伴にあずかる。
「ん〜、おいしい。 まさか榎並シェフのオリジナルプリンが食べられるなんて、幸せ♡」
「榎並さん、有名な方なんですね」
「そうよ、マリコさん!なんたって、“世界のENAMI”なんだから」
「世界の?」
「パティシエの国際コンクールでも優勝したんですよね!」
興奮する早月とは逆に、榎並は恐縮するばかりだ。
「本当。すごく美味しいです。ありがとうございます」
「いえ、喜んでいただけてよかったです。榊さんはじめ、皆さんには本当に理久がお世話になりました」
榎並は深々と頭を下げる。
「家のリフォームはもう済んだんですか?」
土門が尋ねると、うん!と答えたのは理久だ。
榎並は理久が生活しやすいように、自宅のバリアフリー化を進めていたのだ。
「そうか。よかったな」
「うん!マリコ」
「なあに?」
「マリコは新しい家に遊びに来ていいぞ。案内するから」
「ありがとう」
偉そうに胸を張る理久に、マリコはぷっと吹き出した。
「本当に、お時間があるときに遊びに来てください。理久が喜びます。スイーツを用意してお待ちしています」
「ぜひ!!!!」
これは、早月。
「先生!!!!」
これはマリコだ。
どっと笑いが起きて、科捜研は和やかな雰囲気に包まれる。
「では、そろそろ…」
「はい。理久くん」
腰を上げた榎並に頷くと、マリコは理久に話しかけた。
「なに?」
「お母さんは理久くんのこと、大好きだったと思うわ。本当はずっと一緒にいたかったけど、大好きだから、理久くんのことを忘れてしまうことが怖かったんだと思うの。お母さんの一番の願いは理久くんとお父さんが仲良く暮らすことよ。だからきっと、お母さんは今頃天国で喜んでいるはずよ」
「お母さんが死んじゃったのは、僕のせいじゃない?」
聞きたくて、聞きたくて、ずっと聞けなかったのだろう。
理久は暗いまぶたを通して、マリコをじっと見ている。
「違う。それは絶対に違う。理久くんがそんな風に考えたら、お母さんは悲しむわ。誰のせいでもないの」
マリコは理久をぎゅっと抱きしめた。
「マリコはママと同じ匂いがする。だから僕、マリコを信じる」
「ありがとう。元気で。また遊びに来てね」
「うん!バイバイ」
マリコから離れると、理久は父親と手を繋いで歩いて行く。一瞬、振り返った理久の明るい笑顔に、その場にいた大人たちは温かい気持ちになった。
そしてマリコは、9の嬉しさと1の寂しさを抱え、二人の背中を見送った。
