fulfill
赴任から3ヶ月が過ぎようとする頃、土門少尉の帰国が決まったことを伝えるため、蒲原准尉が再びマリコを訪ねてきた。
「そう、ですか」
夫の帰国の知らせを聞いても、あまり嬉しそうではない様子のマリコに、蒲原准尉は首をかしげた。
「どうかされましたか?」
「え?」
「暗い顔をされているので」
「いえ。何でもありません。お知らせご苦労さまでした。お気をつけてお戻りください」
そう言われては、もう何も聞けず、蒲原准尉は礼儀正しく会釈をすると、上司の家を後にした。
「少尉が戻られたら、伝えたほうがいいだろうな」
その翌々日の汽車で、土門少尉は無事に帰還した。
「お疲れさまです!土門少尉」
「出迎え、ご苦労だったな。蒲原准尉」
「いえ」
「何か問題は起きていないか?」
「何もありません」
「そうか。今日は急ぎの任務がなければ、帰宅したいと思うのだが」
「は、はい。問題ありません」
「うむ。では、これで失礼する」
すぐにでもこの場を去ろうとする少尉を、蒲原准尉は慌てて引き止めた。
「待ってください」
「ん?」
「任務ではありませんが、お話しておきたいことがあります」
「すまないが、また明日にでも…」
今は、一秒でも早くマリコの元へ帰りたい。
少尉はあからさまに眉をひそめた。しかし…。
「奥さまのことです!」
「………聞こう」
そう言われては耳を貸さない訳にはいかない。二人は話が外へ漏れないように、倉庫へ移動した。
「実は一昨日、ご自宅へお帰りをお伝えしにお邪魔したのですが、その時の奥さまが暗いお顔をされていたのが気になりました」
「……………」
マリコからの手紙が途絶えたことと、何か関係があるのだろうか。
少尉は考え込む。
「准尉。何か、思い当たる節などはあるか?」
「もしかして、任期が延びた件をお伝えしたときのことかもしれません」
「というと?」
「大佐から、滞在が延期になった部隊員の家族には、理由を伝えるように命令されました」
「なに?」
「少尉は、満州地方への出兵の可能性は、奥さまに伏せておられたのですよね?」
「当たり前だ。軍事機密だぞ。他の者たちも同じだろう」
「はい。しかし、万一有事が発生した際、経緯を知らされていなかったことで家族の不満が爆発し、軍の統制が乱れることがあってはならないとの大佐のお考えです。私も命令に背くことはできないので、奥さまには事実をお伝えしました。でもそのことで、奥さまは何か気に病まれてしまったご様子でした。申し訳ありません」
蒲原准尉は軍帽を脱ぎ、深々と頭を下げた。
「わかった。そういうことならば、准尉が責任を感じる必要はない。ここからは、夫婦の問題だ」
「…………はい」
蒲原准尉は上司としても、一人の男としても、土門少尉の潔さにあこがれている。
いつか伴侶を娶った際には、二人のような家庭を築くことが理想だ。それだけに、早く夫婦仲が戻ることを心から願っていた。