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再会を望む二人の気持ちとは裏腹に、土門少尉の九州赴任がひと月延期になることが決まった。

その知らせは、蒲原准尉からマリコのもとへもたらされた。しかも、蒲原准尉はさらに重大なことをマリコへ伝えたのだ。

「え?本当、なんですか?」

「その可能性もある、という程度ですが」

「そんな。主人は何も………」

「少尉が出立なさるときは、まだ軍事機密扱いだったのです」

「…………………」

少尉がマリコへ黙っていたこと。
それは、満州地方への出兵だ。
もともと2か月の任期が伸びたことには、満州との間で高まりつつある緊張関係に備えるため、いくつかの部隊がそちらへ配属され、人手不足になったことが原因らしい。さらに部隊を追加で投入するとなれば、いよいよ土門少尉の隊に白羽の矢が立つことになる。

黙ってしまったマリコを心配した蒲原准尉は、また状況を知らせにくると約束してくれた。

「ありがとうございます。蒲原准尉」

「奥さま。どうか気を落とされませんように」

「ええ。わかっています。有事はいつ何時起こるかわかりません。私も軍人の妻として、覚悟はできているつもりです」

「ご立派です」

しなやかで細い線の体とは真逆で、マリコは一本芯の通った女性だ。
美しさと強さを兼ね備えた、こんな女性を伴侶に持つ上司を蒲原准尉は心底羨ましく思ったのだった。



蒲原准尉を見送ったマリコは、家に戻ると、ぺたりと畳に座り込んだ。
腰が抜けてしまったように、体に力が入らない。

「どうしてそんな大切なこと…」

いつまでそうしていたのだろう。
気づけばあたりはすっかり暗くなっていた。

マリコは重い体を引きずるように立ち上がる。
窓際から外を見あげても、今宵の月は雲に隠れ、その姿も一筋の光さえも届かない。
暗闇では進むべき道が…見えない。



1か月の任期延長が決まった後も、マリコから少尉の元へ手紙は届き続けていた。
しかし、少尉はその手紙に僅かな違和感を持った。初めの頃に届いていた手紙とは何か違う気がする。うまく言い表せないが、近況報告だけの内容によそよそしさを感じるのだ。

「何かあったのか?」

顔が見えない、声が聞けない、この距離がもどかしい。
今すぐにでもマリコの元へ飛んでいきたい気持ちを押し殺し、少尉はマリコへ返事を書いた。

✽✽✽✽✽
今夜の月は少しだけ欠けている。
もうすぐ満月だろう。
次の満月は二人で見れたら嬉しい。
✽✽✽✽✽

それから、マリコの手紙は途絶えた。


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