経年想化



しかし、神様の振るサイは気まぐれだ。
蒲原の研修終了まで残り3日となった日、古牧は鑑定依頼書を手にマリコを探していた。科捜研を覗いたが席を外していると言われた。

「どこへ行ったんだ?」

当てもなく廊下を歩いていると、随分先に白い人影が見えた。ここの職員で白い服を着ているのは、科捜研の人間だけだろう。しかも人影の行く先には屋上への階段がある。間違いない、と古牧は確信し、人影を追った。

やはり人影はマリコだった。
後をつける古牧には気づかず、屋上の扉の内側へと姿を消した。

古牧は自分の気持に気づいてから、ずっと悩んでいた。
この想いを伝えるべきか否か。
今も答えは出ていない。

しかしプライベートは別にして、この鑑定依頼書はマリコに渡さなければならない。そう自分を納得させて、古牧は扉を開けた。
幸い、というべきか、屋上にはマリコ一人のようだ。

古牧が近づくと、足音に気づいたマリコが声をかけた。
「土門さん」と。

そして振り返ったマリコは古牧を見つけると、すぐにバツの悪そうな顔を見せた。

「あ、古牧さん。ごめんなさい。土門さんならここにはいないわよ」

「いえ。榊さんに渡したいものがあって」

「私に?何かしら?」

古牧は抱えていたファイルをマリコへ手渡した。

「鑑定依頼?私じゃなくても科捜研の誰かに渡しておいてくれれば大丈夫よ」

「…はい」

それは分かっていたが、古牧は何とかマリコと接点持ちたかったのだ。

「ええと、何の鑑定かしら…」

ふむふむと、マリコは書類に目を通していく。
すると、中の一枚がクリップから外れ、地面へ舞い落ちた。

「あ…」

小さく声を発すると、マリコは紙を拾おうと屈んで手をのばした。

「!?」

その時、マリコの動きに合わせて黒髪も下に流れ、首筋がちらりと見えた。
古牧が目を見開き、息を飲む。
いつもは隠されている白い肌に、赤い鬱血跡が散っていたのだ。それが何を意味するのか、さすがの古牧にもわかる。

古牧はカッと頭に血流が集まるのを感じた。

誰がつけたのか。
誰につけさせたのか。

問いたださずにはいられなかった。

「榊さん…」

低い声で名前を呼ぶと、古牧は紙を拾ったマリコの腕を掴んで、自分の方へ引き寄せた。

「古牧さん?」

マリコは本能的に危機感を覚え、後ずさる。
でも、古牧の力が強くて、マリコは捕らえられたままだ

「土門さんと付き合っているって噂は本当ですか?」

ぎりぎりとマリコの腕を掴む手に力がこもる。

「離して。いた…」

「俺じゃ駄目ですか?」

「こ、まき…さん?」

「俺は、誰に対しても公平な目を持つ榊さんを尊敬していました。でも、俺はその公平さから一歩抜け出したい。あなたの目に特別な存在として映りたい。土門さんではなく、俺を」

マリコは力の限りをこめて、古牧の腕を振り払った。

「私は、土門さんのことも、みんなのことも、同じように見ていたわ」

「え?」

「出会った頃はみんな以下、だったかもしれない。乱暴だし、嫌味ばかり言うし。だけどずっと一緒に仕事をしてきて、長い間隣にいたからわかったことがあるの。土門さんは、捜査に関しては絶対に妥協しない。私の考えが間違っていると思えば、正面から反対してくる。だけど、私のことを信頼してくれている。信頼してくれているから、反対する。正しい答えにたどり着くと信じて待っていてくれる。自分のことをそんな風に信頼してくれる人、私の周りには土門さんしかいない。不器用だけど、優しい人なの…」

土門を語るマリコは、これまで見たことがないような満ち足りた表情をしていた。
人が人を想うとき、そんな顔になるんだろう。

「時間が土門さんを特別な存在にしたのなら、俺だって榊さんと一緒に仕事をしていればきっと!」

「そうね。もしかしたら、そうかもしれない。でも
同じだけ、土門さんとの時間も増えていくわ」

「それって、もう土門さんには敵わないってことですか?出会ったのが遅かっただけなのに…」

古牧はマリコに近づく。

「そんな早いもの勝ちみたいな勝負。俺は納得できません!」

「そんな風に我を通して、榊の信頼を得られるのか?」

割り込んできた声に、二人は驚き、声の主を見た。

「土門さん!」

ほっとしたようなマリコの声音を聞き、土門はマリコを背に庇うように二人の間に立ちはだかった。

「早いもの勝ちと非難されても、俺はお前にこの場所を譲る気はない」

この場所、とマリコの隣を土門は強調した。

「俺たちの歴史を甘く見るな。これまで本当に色々なことがあった。この仕事を辞めたくなるほど絶望したことだってある。でもこいつが隣にいてくれたから、俺はここまでやってこれたんだ。榊だから」

土門はマリコを見る。
マリコも土門を見上げる。

「こいつでなきゃ、駄目なんだ」

視線を交わす二人は、全てをわかり合っているように見えた。

「俺は…」

勝てない、古牧はそう痛感した。
この二人の絆には1ミリの綻びもない。
分け入る隙なんてない。

「古牧さん。科捜研と仕事をしたいといってくれたこと、本当に嬉しかった。土門さんの下を離れても、私たち、仕事で協力しあえるわ。それじゃあ、駄目かしら?」

残酷な申し出だ。
でもそれがマリコには精一杯の譲歩なのだと、古牧にもわかった。

「すぐ…は難しいと思います。少し気持ちを整理する時間をください。でも、やっぱり俺は榊さんや科捜研の皆さんとこれからも協力していきたいです」

「ありがとう」

マリコは控えめに微笑む。
土門の隣に寄り添って。

その様子に古牧は顔を歪めることしかできなかった。


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