経年想化



土門は今日の分の捜査報告書をまとめると、壁掛け時計で時刻を確認する。簡単にデスクを片付け、当直の捜査員達に挨拶をして一課を出た。
急ぎ足で廊下を歩く。遅刻ではないが、約束の時間ギリギリになってしまった。

エレベーターを降り駐車場へ向かうと、土門の車の横にマリコが立っていた。古牧に対する小さな罪悪感の正体はこれだ。

「榊。すまん、待ったか?」

「いいえ。ほんの数分前に来たところよ」

どうやら本当らしい。マリコは暇つぶしに本を取り出したばかりのようだ。

「乗れ。出よう」

「ええ」

マリコを助手席に座らせると、土門はドアを閉め、自分は運転席へ回った。

「何か食べたいものはあるか?」

「そうねぇ、特にないけど。和食がいいかな」

「和食か…」

土門は一瞬考え込む。

「個室の店でもいいか?」

「え?うん。いいけど…」

「少し話したいことがある」

「わかった。土門さんに任せる」

マリコの返事を聞き、車は速度上げた。



予約はしていなかったが、平日の遅い時間帯ということもあり、二人は待つこともなく部屋へと案内された。
ミニ会席を頼むと、程なくしてテーブルに色とりどりの皿が並ぶ。

「ごゆっくりどうぞ」

女将が唐紙を閉じたところで、二人はジュースで乾杯した。

「お前は酒を飲んでもよかったんだぞ?」

「いいわよ。明日も仕事だし」

「潰れたら家に泊めてやる」

ニヤリと浮かぶ好色な笑み。

「それこそ、明日は休みになっちゃうわ」

マリコは肩をすくめた。

「それより、話って何?」

「まずは食べよう。せっかくの料理が冷めちまうだろ?」

「そっか。そうよね」

途端にマリコの興味は目の前のお椀に移ったらしい。
「美味しそう」と瞳を輝かせるマリコの様子に苦笑しつつ、土門は目を細めるのだった。


粗方、お腹が落ち着いたところで、土門は話を切り出すことにした。

「話というのは、古牧のことだ」

「古牧さん?」

「蒲原が研修の間だけ面倒をみることになった、と言ったよな?」

「うん」

「どう思った?」

「え?まあ…おかしい人事だな、とは感じたわね」

古牧の前では口を噤んでいたが、ここではマリコも正直に答えた。

「だよな」

「もしかして、何か事情のある異動なの?」

「ああ。榊、真田警視のこと、覚えているか?」

「もちろんよ!」

面識はないが、過去には土門との関係を疑った相手だ。結果は誤解だったわけだが、マリコには忘れられない名前だ。

「その真田さんから直々に頼まれたんだ」

「………………」

ちらり、とマリコは土門を見た。

「おい、変な勘ぐりはするなよ。古牧の件で呼び出されただけだ」

「……わかってる」

弁解の言葉は飲み込み、土門は話を進めることにした。マリコの疑念はこれからゆっくり解けばいい。夜はまだ長い。


土門は古牧の素性と土門の下についた理由、藍子との関係、すべてをマリコに話した。 

「つまり、古牧さんは少年課の時に出会った科捜研の人間と仕事がしたいから、土門さんの部下になったってこと?」

「まあ、そういうことになるな」

「科捜研に対して好印象を持ってくれることは嬉しいけれど、そんな個人的な希望…許されるの?」

「本当は駄目だろうな。古牧の場合、経歴が特殊なことと、蒲原が研修中の間という期間限定で俺が了承したから認められたんだろう」

そう、とマリコはあまり納得していないようだ。
それは土門も同じだった。
たった2週間で古牧に何か得るものがあるのか…上の考えることはわからないし、わかりたくもないと土門は思うのだった。

「ところで、ここからが本題だ。お前、古牧と本当に面識はないのか?」

「え?」

「俺は、古牧が出会った科捜研の人間はお前じゃないかと思う」

「私!?」

マリコは大きな目を更に開く。

「多分間違いないだろう」

「……………全然覚えてないわ」

らしい、と言うしかない。
古牧には気の毒だが、マリコはこういう女だ。

「2週間だけだ。心配はないと思うが…」

「心配?何の??」

マリコは不思議そうな顔で首を傾げる。
土門はこれみよがしにため息を吐いた。

「古牧と二人きりで会ったり、誘われてもついていったりするなよ。そういうときは、必ず俺に連絡しろ」

「土門さんたら気にし過ぎよ」

「いいから。わかったな!」

「はい。はい」

無邪気に笑うマリコ。

「…………………」

その油断がマイナスとならないように。
土門が注視していくしかないだろう。
鈍感で、風変わりな恋人を持つと苦労する。
でも。

「ねえ、土門さん」

「なんだ?」

「この後なんだけど…」

マリコは箸を置き、下を向いて口ごもる。

「ん?」

よく見ると、うなじの辺りがうっすらピンクに染まっている。

「あの、あのね。土門さんのお家に行っても……いい?」

そんな可愛らしい問いかけに、「否」と言える男がこの世にいるだろうか。
土門は腕を伸ばすと、マリコの頬に触れ、うつむく顔を上げさせた。

「最初からそのつもりだ」

鈍感でも、風変わりでも、愛しくて、大切な恋人なのだ。
だから。

「お前は、誰にも渡さない」


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