経年想化



藍子と会ってから3日後、捜査一課へ古牧巡査部長が配属された。

「本日付で捜査一課へ配属になりました、古牧です。よろしくお願いします」

長身が折り目正しく頭を下げる。

「古牧には蒲原が研修の間、土門警部補の下についてもらう。古牧、勉強させてもらえ」

古牧を連れてきた藤倉が、一課の皆に説明する。

「土門さん、よろしくお願いします」

「よろしく」

土門は短く答えた。

「頼んだぞ、土門」

藤倉も藍子からある程度の説明は聞いているのだろう。訳知り顔で土門に視線を向けた。

「はい」 

土門がうなずくと、用は済んだとばかりに藤倉は一課を出ていった。




「さて、古牧。話は真田警視から聞いている。お前は科捜研との連携捜査を希望しているそうだな?」

土門が単刀直入にたずねると、古牧は素直に「はい」と答えた。

「科捜研に尊敬している方がいるんです。その方の役に立つ捜査がしたいです」

「ふむ…」

土門は腕を組む。

「ひとつ確認するが、お前が尊敬する相手というのは…」

「あ、いた。いた。土門さん!」

一課の廊下から土門を呼ぶ声に、二人が振り返る。
そして古牧はその場で固まった。

「……………」

土門は古牧の様子を見て、眉を潜める。
どうやら確認するまでもなかったようだ。
土門の嫌な予感は的中していた。

『やっぱり、こいつか…』

こいつ…マリコは何も気づいていない様子で、土門へ近づいてくる。

「蒲原さんはどうしたの?今朝は顔を出さないから、届けに来たの」

「はい、鑑定書」とマリコは土門に封筒を手渡す。

「あ、ああ。蒲原は今日から研修なんだ。伝えそびれていた。すまん」

「そうなの?いつまで?」

「2週間の予定だ」

「そう。わかった。その間、鑑定書は届けにくるわ」

「それには及ばん」

「え?」

「おい、古牧」

「は、はい」

古牧はマリコを前に、カチコチに緊張していた。

「蒲原が留守の間、俺と一緒に動く古牧だ。こいつを蒲原の代わりに科捜研へ行かせる」

「助かるわ。古牧さんね、よろしく」

マリコは深い意図なく、右手を差し出した。
しかし古牧はその手を取ることはなく、「あの」と意を決してマリコヘ話しかけた。

「俺のこと、覚えていませんか?」

「え?…………………ごめんなさい。どこかで会ったかしら?」

マリコは申し訳無さそうに、首をかしげる。

「あ、いえ。いいんです」

「気にするな。こいつの頭は事件と鑑定のこと以外はすぐに忘れちまうんだ」

「失礼ね。それ以外だってちゃんと覚えてるわよ」

「ほう。例えば?」

「た、例えば…………人との約束、とか」

マリコはちらりと土門に視線を送る。
しかし土門は気づかない振りをして、間髪入れずマリコを揶揄った。

「この前、捜査会議をすっぽかしたけどな」

「あれは!土門さんが急ぎの鑑定を持ち込んだからじゃないの…」

マリコは不服そうだ。

「まあ、これからの約束は守れよ」

唇を尖らせたマリコは「忘れてないわよ」と今宵、土門と待ち合わせた約束の時間を思い出すのだった。


「古牧」

土門はマリコから受け取った資料にざっと目を通す。

「はい」

「さっそくだが、出かけるぞ。時間が惜しい。今、俺たちが追っている事件については道々説明してやる」

「わかりました」

「榊」

「なに?」

「何か分かったら、古牧から報告させる」

うなずくマリコへ、土門は資料を掲げる。

「これ、助かった」

「どういたしまして。こっちも何か判明したら連絡するわ」

「頼む」

短く答えると、土門は早足で一課を出ていく。古牧が慌てて追いかけていった。



今、土門の班が追っている事件は4日前に発生した殺人事件だ。現場の状況を見る限り、殺害場所は別であると推測された。被疑者につながる証拠を得るためには、まず、殺害場所の特定が何よりも重要だ。そのため、科捜研は被害者の衣服の付着物や、靴底の土を調べ、殺害場所をある程度絞り込んだ。その情報をもとに、土門ら捜査員は殺害現場特定のために動いている最中なのだ。

土門と古牧はピックアップされた場所を順番に調べていく。しかし、そう簡単には見つからない。結局、この日は収穫のないまま二人は府警へと戻ることになった。


「榊さんへ報告したほうがいいですよね?俺、伝えてきます」

「待て」

飛び出そうとする古牧を土門は止めた。

「今日のところはいい。榊もそうすぐに見つかるとは思っていないだろう」

「そう、ですか」

見た目にもわかるほどしょげた様子に、土門は苦笑する。

「明日は頼むな」

「はい!」

やけに気合の入った返事に「お疲れさまでした」と続ける古牧の顔色は明るい。見事なV字回復ぶりだ。

「おう。お疲れさん」

土門は小さな罪悪感を抱きつつ、この日の捜査はここまでとなった。


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