耳紋分析



「ただいま」

3月に入ったとはいえ、まだ3日。冬の気配は色濃く、土門はコートの襟を立て急ぎ足で温かい室内へ逃げ込んだ。
廊下の先のドアを開くと、キッチンからマリコが顔を覗かせた。

「おかえりなさい。寒かったでしょう?温かいお茶飲む?」

「ああ。頼む」

半年前から関係性を深めた二人は、つい最近親しい友人たちへの報告を済ませ、ようやく堂々と互いの家を行き来することができるようになっていた。

「はい、どうぞ」

着替えを済ませた土門がソファに落ち着くと、マリコが湯呑を渡してくれた。冷えた手に温かさがじんわりと広がる。

「今夜は雪かもな」

「そうね。土門さん、耳が真っ赤よ」

マリコは土門の隣に座ると、そっと耳に触れてみた。冷たすぎて、マリコの手の温度がみるみる吸い取られていくようだ。

「お前の手、温かいな」

「そういえば、今日は耳の日なのよね」

「は?今日は雛祭りだろう」

「それもあるけど。数字の3が耳の形に似ているところから、3月3日は耳の日でもあるのよ」

「なるほどな」

「でも、よく見ると耳って不思議な形よね。まあ、だから個人の識別もできるんだけど」

「耳紋のことか?」

「そう!さすがね、土門さん」

「お前の受け売りだ」

「そうだったかしら?」

マリコは本当に覚えていないのだろう。首を傾げている。

「ほら。このカーブの形や、凹凸の深さも色々…」

マリコは話しながら、冷えた土門の耳のフォルムをたどっていく。

「よせ」

土門は軽く頭を振り、マリコの手を避けた。

「なによ。別にいいでしょ、減るもんじゃないし」

「そうか。だったらお前の耳紋も見せてみろ」

言うが早いか、マリコの体は土門の膝の上に座らされていた。

「どれ…」

土門は器用にマリコの髪をかき揚げ、隠れていた耳を見つけ出す。

「ほう。お前の耳…縁は薄いが、こんなところに出っ張りがあるんだな」

するりと耳の外側を撫でたかと思うと、今度は内側の形を確かめるようにゆっくりと指を動かす。

「やっ。くすぐったい!」

「くすぐってるからな」

土門の手は止まらない。

「ち、ちょっと!」

「ん?どうした?」

逃げ出そうとするマリコをガシッと捕まえると、今度なふうっと息を吹きかける。

マリコの体がビクッと揺れる。耳はマリコの弱点なのだ。

「榊。明日非番だったよな?」

「…し、知らない」

赤い顔でそっぽを向く、その仕草が答え。

「もう諦めろ」

さらに耳元で囁けば、マリコは泣きそうな顔で身をよじる。

「そんな顔するな。嫌だったか?」

心配する土門はマリコを抱く腕の力を緩めた。無理強いは性に合わない。

「あの…」

嫌ではない。嫌ではないのだ。
嫌なのではなく…。

マリコは土門の首に腕を回すと、恥ずかしそうに自分の顔を埋めた。

「榊?」

「………っと」

「うん?」

「もっ…………」

その先は奪われて消えていく。
承知した、そう答える口唇紋に。



fin.


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