スーツと思い出と旅立ちと



「おっ!?」

土門は押入れの奥から出てきたダンボール箱に目を輝かせた。
くたびれかけたガムテープを剥がすと、中身を取り出す。

「懐かしいな」

土門が手にしたのは仕立てのいいスーツ。殺人の被疑者となってしまったテーラー、最後の作だ。
当時の土門は坊主頭にレザージャケットがトレードマークで、見た目、中身ともにガラの悪い刑事だった。

「そういえば、あいつも今とは全然違ってたな」

あいつ、というのはマリコのことだ。
あの頃、一課に配属されて日の浅い土門は、マリコのことを、何かとつっかかってくる“けったいな女”だとしか思っていなかった。
それから長い時を経て、今では誰よりも信頼できる相棒で、何よりも大切な存在となった。

「あの頃には想像もできなかったよなぁ」

「何が想像できなかったの?」

ダンボール箱の前で物思いに耽る土門の背に、“あいつ”から声がかかった。

「もう。ぼんやりしてる暇はないのよ。まだまだやること山盛りなんだから」

「わかってるさ。でも、これ。懐かしいだろ?」

「え?もしかして…石津さんのスーツ??」

「ああ」

「とってあったのね」

「高かったしな」

「美貴ちゃんから借金までしたんだものね。でもまだ着れるの?」

マリコは「ふふふ」と笑うが、土門は口をへの字に曲げる。

「着れなくなっても手放せないさ」

「職人の、いい作りだものね」

「それもあるが…このスーツも俺たちの歴史の一部だろ?」

マリコはしばらく黙ったあとで、「そうね」とだけ答えた。

マリコにとって、この部屋はタイムカプセルそのものだ。土門とマリコ。二人の様々な思い出が詰まっている。

マリコはぐるりと部屋を見回す。

整理ダンスの下から2段目にはお揃いのルームウェアが入っている。キッチンには色違いのマグカップや、ご飯茶碗。少しずつ二人で買い揃えたものだ。

「何だか少し…寂しいわね」

すん、と鼻をすするマリコの手を、土門は握った。

「この部屋での思い出も携えて、新しい暮らしをはじめよう。お前と俺で」

こくりとマリコは頷く。

「ああ、そうだ!」

何か思い出した土門は、デスクの引き出しを探る。小さな紙袋を見つけると、中身を取り出した。2つあるうちの1つをマリコの手のひらに乗せた。

シンプルなストラップの先には、何の変哲もない銀の塊。

「明日からこの鍵で帰ってこいよ」

そう言う土門は、もう1つ…マリコとは色違いのストラップを持ち、振ってみせた。

なんの変哲もない銀の塊でも、二人にとっては大切な幸せへの道しるべ。

涙ぐむマリコの頬をくすぐると、「さあ」と土門は立ち上がる。

「さっさと準備をしないと、新居に引っ越せなくなるぞ」

「ぼんやりしてたのは土門さんでしょ!」

「まあまあ」とマリコをなだめ、土門は石津のスーツをダンボール箱に丁寧にしまう。
こんな思い出を詰め込んだ箱がいくつも積み上がっていく。それらはこれから、愛の巣へと旅立つのだ。そしてまた、1つ、1つと箱は増えていくだろう。
限りなく。


穏やかな吉日。
鏡の前に立った土門は、少しだけ佐久間部長の気持ちがわかる気がした。
この佳き日。できるなら、石津の燕尾服に袖を通してみたかったものだ。
だが、今日の主役は自分ではない。

土門は襟を正すと、一歩を踏み出す。
こらから迎えに行くのだ。
愛を誓うその人を。



fin.


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