放課後チョコレートクラブ?
「いいか、涌田は全部同じ箱が6個だ。おそらく内訳は、日野所長、宇佐見さん、君嶋、土門さん、蒲原、藤倉部長といったところか」
「なるほど」
「ところが、榊さんは7個だ。それも一つは見るからにチープな袋入りだった」
「科捜研の男性陣に蒲原、土門さんと藤倉部長はマストだよな?」
「俺もそう思う。問題は残り一つの袋チョコレートを誰に渡すつもりなのか、だ」
「義理の義理、だよな」
今日はバレンタイン。
顔を突き合わせ、食堂でひそひそと話をしているのは、組織犯罪対策第三課の刑事たちだ。
普段薬物や銃器を追っている彼らも、この日ばかりは女性陣の動向が気になるようだ。中でも高嶺の花のマリコと、人気者の亜美が配るチョコレートの行方には、俄然注目している。
そこへちょうど昼休憩の蒲原がやってきた。
「おい、蒲原!」
山崎刑事が声をかける。
かつて落合の部下として第三課に在籍していた蒲原は、当然彼らとは顔見知りだ。
「あ、お久しぶりです」
挨拶すると、強面な男たちに手招きされて、蒲原は彼らに近寄る。
「何ですか?」
「なあ」と、山崎刑事は眼鏡を持ち上げる。
「チョコレート、もらったのか?」
容疑者の嘘を見逃すまいと、組対の
「もらいましたよ」
しかし蒲原は何でもないことのように答えた。
山崎は拍子抜けした顔を見せたが、周囲からは「おぉ!」とどよめきが走る。
「だ、誰から?」
「マリコさんと涌田さんですけど」
今度はため息と悔しさの滲んだ声が上がる。
「羨ましいぜ。ところで、どんなチョコレートをもらったんだ?」
「まだ開けないですけど、2つとも小さな箱でしたよ」
これくらいの、と蒲原は手で大きさを示す。
「いつもらったんだ?」
別の刑事が問いかける。
「ついさっき資料を届けに行ったら、ちょうど二人がみんなにチョコレートを配っていたんです」
「じゃあ、日野所長、宇佐見さん、君嶋ももらってるのか?」
「ええ。あ、加瀬さんも」
「あいつがいたか!ところで、チョコレートはみんな同じものをもらったのか?」
「そうですよ」
それがどうしたのか。
事情の分からない蒲原は首をかしげている。
「榊さんと涌田は、ほかの人にも渡す予定なのか?」
「涌田さんからは、土門さんの分を預かったので渡しましたよ」
「榊さんは?」
「マリコさんはちょうどその時、部長から電話で呼ばれて出かけて…あ!そういえば、部長にも渡すからちょうどよかったってチョコレートの箱を持って出ていきましたね」
「ふむ…」
まるで安楽椅子探偵のように、山崎と男たちは考え込む。
「涌田のチョコレートの行方は把握できた。問題は榊さんだが…、今の時点で残っているチョコレートはおそらく一つ。しかも例のヤツだ」
「あと渡してないのは土門さんだけだろう」
「でも、アレを土門さんに渡すのか?」
「そんなまさか…」
白熱する推理合戦に、蒲原が呆れたように声をかけた。
「あのぉ。山崎さん、いったい何してるんですか?」
刑事たちの噂の的。
見るからに安そうな袋チョコレートを手に、マリコは屋上へ向かった。
ブラックの缶コーヒーを2本買って、扉を開けると、目的の人物がいた。
「土門さん!」
土門は手を挙げて応える。
「何だ、気が利くな。コーヒー買ってきてくれたのか?」
「あ、うん。はい」
「サンキュー」
土門は早速プルタブを開け、黒い液体を喉に流し込む。
「それとね、これも…」
「?」
紙袋を受け取った土門は中身を覗く。
そして取り出した手には、ハートや星型にナッツやドライフルーツでデコレーションされたポップなチョコレートが乗っていた。
「俺にくれるのか?」
マリコは頷く。
「一応手作りなの」
「えっ!?」
土門が絶句する。
「味は大丈夫よ。みんなで食べて確認したから」
「みんな?」
「………実はね、菜奈ちゃん達と作ったの」
「菜奈ちゃん?」
「覚えてない?放課後スパイクラブ」
「ああ!七つ道具を駆使していた子どもたちか」
「そう。この前スーパーで偶然会って。みんなでチョコレートを作るから、一緒にやろうって誘われたの」
土門の脳裏には、小学生女子にまじってチョコレートづくりに奮闘するマリコの姿が容易に想像できた。
おそらく一番派手にチョコレートを零したり、いびつな形を作ったりしていたに違いない。
それでも。
「食べてみていいか?」
「う、うん」
心配そうな面持ちのマリコの前で、土門はハートのチョコレートを口に放り込んだ。
きちんとテンパリングできているようで、口溶けは予想以上に滑らかだった。
「うまいぞ」
「ほんと?よかった」
ホッとしたようにマリコは笑う。
「科捜研の皆にも渡したんだろう。いくつも作るの大変だったな」
「え?ううん。作ったのはそれだけよ」
「これ…だけ?」
「そうよ。他の人には既製品をあげたわ。あ、もしかして土門さんもそっちのほうがよかった?味も見た目も比べ物にならないものね」
今、喜んだかと思えば、すぐに落ち込む。
忙しいマリコを見て、土門は目尻を下げた。
「いや。俺はこっちのほうがいい。ブラックコーヒーによく合う甘さだ。ありがとうな」
蓋…ではなく、袋を開けてみれば義理の義理どころか、まさかの大本命。
マリコが土門にだけ手作りしてくれた、その事実がさらにチョコレートを甘くする。
土門は、もう一つ口に入れた。
「どういたしまして。ホワイトデー期待しておく………………」
「な、甘いだろ?」
マリコは真っ赤な顔で口元を隠す。
モゴモゴと僅かに動く口の中では、ハートのチョコレートが甘く溶けていった。
fin.
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