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同じ頃、土門と蒲原はマリコが出廷した事件について徹底的に調べていた。その事件は未だ係争中だが、疑わしいと思われる人物を土門は3人に絞り込んだ。
一人は被害者の家族だ。
しかし、被害者の両親は十年前に他界。唯一の肉親だった祖母も、事件の前に亡くなっていた。彼女がマリコを拐うことは物理的に無理だと発覚した。
次にこの事件の担当検事だ。
公判記録によれば、担当は名古屋地検の望月という検事だった。しかし、望月検事はマリコが拐われた時刻、すでに地検にいたことが複数の関係者の証言から明らかとなった。彼は犯人ではない。
最後の一人は、被疑者を確保した愛知県警の刑事。
管轄外なので捜査資料を見ることはできなかったが、土門は同期の刑事を頼って、その情報を手にすることができた。該当の刑事は所轄の藤村純也という人物だとわかった。ラッキーだったのは、土門の同期がたまたま藤村が所属する所轄署に知り合いがいたことだ。
「有給?」
スマホを持つ土門の眉が跳ね上がる。
通話の相手、同期の説明はこうだ。
藤村刑事は昨日から一週間前、有給休暇を取得している。理由は家族の引っ越し。藤村刑事は母親と二人暮らしをしていたが、その母親の認知症状が進み、施設に入所させることになったらしい。その引っ越しと手続きのために有給を申請したということだった。
「ありがとう。助かった」
同期に礼を告げ、土門は通話を切った。
急ぎ藤倉の元を訪れた土門は、電話の内容を説明し、愛知への出張を願い出た。しかし、藤倉は首を縦に振らなかった。
「なぜですか?部長!」
「落ち着け、土門。要は、藤村の行動確認が取れればいいんだろう?」
「それは、そうですが」
「愛知県警へ掛け合ってみる」
「え?」
「移動時間が勿体ない。向こうから返答があるまでしばらく待て」
言うが早いか、藤倉はデスクの受話器を取った。
藤倉の素早い対応が功を奏し、まもなく藤村についての情報が届いた。それによると、藤村の母親は一年前、すでに他界していることがわかった。
「では施設への引っ越しというのは…嘘」
「それだけじゃない。藤村は2年前、県警捜査一課への異動が立ち消えになっている」
藤倉が目ざとく気付いた。
「どういうことでしょう?」
「おそらく、榊が証言したあの事件が原因だろう」
栄転を約束されていたはずが、白紙となったのだ。
これが動機と考えて、まず間違いないだろう。
「決まりだな」
「はい」
藤倉と土門は頷きあう。
そこからの展開は早かった。土門は藤村が所有する車両ナンバーを科捜研へ伝え、すぐにNシステムで検索をかけるように依頼した。拉致現場に映っていた車はナンバーこそ隠していたが、車種や色は藤村の車と同じものだったのだ。
程なくして、車はNシステムにヒットした。最後に映った場所から、周囲の防犯カメラ映像を解析して車を追った。
皆、不眠不休で疲れているはずだ。けれど、手を止める者はいない。誰もが1分1秒でも早くマリコを助けたいと願っていた。
「見つけましたぁ!」
声を上げたのは、今回も亜美だった。
「亜美ちゃん、お手柄!」
早月に褒められ「恐縮です」と敬礼を決める。
「車はどこだ?」
亜美は中央のモニタに地図を映し出した。
「ここです。すでに倒産した企業が、以前に管理していた寮みたいです」
「この会社…倒産前は愛知県に本社があったはずです」
「だから、藤村刑事は知っていたのね」
亜美の言葉に宇佐見と早月が、すぐに反応した。
「ここに榊が…」
土門は、はやる鼓動を鎮めるようにひと呼吸ついた。
「自分は先に向かいます。皆さんも応援をお願いします」
「わかりました。みんな、準備して!」
日野の号令に全員が立ち上がった。