Especially for you
定時を過ぎても誰も席を立つものはいない。
この場の全員がマリコの無事を願っていた。
そんな中で、ふと時計を見た日野が宇佐見に声をかけた。
「宇佐見くん。今日は病院へ行く日じゃないかい?」
「ええ。でも、あと少しだけ」
日野は首を振る。
「マリコくんのことは僕たちでも探すことはできる。でも、宇佐見くんのお母さんの迎えは、宇佐見くんにしかできないんだよ」
「所長………」
「私もそう思う」
加勢したのは、早月だった。
土門との会話のあと、そのまま残って画像の解析を手伝ってくれているのだ。
「多分、マリコさんも同じことを言うんじゃないかな」
「宇佐見さん、あとのことは私たちに任せてください。絶対にマリコさんを見つけますから」
「亜美ちゃん」
「僕も娘のことで帰らせてもらうこともありますから。気にしないでください」
「君嶋くん…ありがとう、みんな。申し訳ない」
宇佐見は深く頭を下げると、後ろ髪を引かれつつも、母の待つ病院へ向かった。
それから数十分後、宇佐見が母親の車椅子を押しながら病院から姿を見せた。その様子を物影から観察していた男は、ふっと肩の力を抜いた。そしてポケットに突っ込んだままの右手を抜くと、宇佐見親子とは逆方向に歩き出したのだった。
監禁されてから何時間経ったのだろう。マリコは不自由な態勢なまま、水も食料も与えられず、徐々に衰弱し始めていた。時々、疲れから瞼が重くなる。それでも物音に、ハッとマリコは顔を上げた。
男が戻ってきたのだ。
その手に一瞬鈍く光る鉄の塊を見て、マリコの顔色が変わった。
「宇佐見さんに何をしたの!」
「……………」
「まさか…」
マリコの声が震える。
「殺しちゃいない。まだ、な」
そういうと、男はすぐに右手をポケットにしまった。
「おい」
声をかけられ、マリコは男を見る。
「あの宇佐見って男、母親の介護をしてるのか?」
「え?ええ。……お母さまと二人暮らしで、ずっと面倒を見ているわ」
なぜ男がそんなことを気にするのか。
マリコはためらいつつも、正直に答えた。
「……………そうか」
それだけ言うと、再び男は出ていった。