付き合いたての“どもマリ”とかけまして、平日のグリーン車と解く。その心は?



「え?1か月?」

「ああ。藤倉部長からも頼まれてな」

「……そう。それじゃあ、仕方ないわね」

「すまんな。何かあれば蒲原を頼ってくれ。話は通しておく」

「………………」

「どうした?」

「……………何でもない。分かったわ」

マリコの電話の相手は土門だ。
今から1週間前、年明け早々に土門は警視庁へ出向を命じられた。
警視庁では、数年後、新しく発足を目指している部署がある。しかし予算の問題から、国は設立に積極的ではない。そこで警視庁の上層部は、サンプリングを実施することにした。そのデータをもとに有効性を実証したい考えだ。
このサンプリングのために、全国から選りすぐりの捜査員が招集された。
土門はサンプリングに参加することになったというのだから、その実力を高く評価されたということだ。それもあってか、土門はこの任務に前向きなようだ。
しかし、マリコの感情は少し違う。
マリコには、土門に手伝ってもらいたい仕事が山のようにある。だから帰りを待っていたのだ。それなのに、その相手が1か月も不在になるということは、鑑定の進みが遅れることを意味する。
そしてなにより…。

「1か月も会えなくて、土門さんは平気なのかしら…」

実はこの二人、昨年のクリスマスに長年積もりに積もった互いの気持ちをようやく通わせたばかりなのだ。
いい大人とはいえ、やはり付き合いたてともなれば、それなりに甘い雰囲気を求めはする。
土門はマリコの身を案じているようだが、これまでとは変わらない口ぶりがマリコの癇に障った。

要するに。
マリコは臍を曲げたのだった。



「あ!とうとう居なくなっちゃいましたね」

土門と離れて数日。現場からの帰り、亜美の呟きに、マリコは亜美と同じ方向を見上げた。
昨年の春、府警の駐車場の軒下にツバメの巣ができていたのだ。卵が孵化し、雛鳥が母鳥を求めて鳴く声がよく聞こえていたものだ。しかしいつしかその声も聞こえなくなり、今は巣自体がもぬけの殻になっていた。

「越冬の時期だものね」

「来年、また戻ってくるといいですね」

「そうね…」

温かくなれば、ツバメはまたやってくる。
でも去年と同じツバメではないし、ここに巣を作るかはわからない。

戻ってくると信じてる。
だけど、たとえ短い間だとしても離れ離れになってしまえば、これまでとは変わってしまうかもしれない。

変わらないと信じてる。
でも。
やっぱり、不安なのだ。
だって自分たちはまだ、雛鳥のような恋人だから。



数日後、マリコは土門へメールを送った。

『非番の日に会いに行ってもいいかしら?』

『忙しいから、またにしてくれ』

恋人に対して、あまりと言えばあまりの返信だ。
しかし、そのせいでマリコの負けん気に火がついた。


その足で、マリコは藤倉の元へ向かった。

「部長。土門さんの勤務予定を教えてください」

「何でそんなことを知りたいんだ?」

そう聞かれたマリコは。

「土門さんに会いに行きたいからです!」

ド直球な答えに藤倉の方が焦り、「そ、そうか…」としどろもどろになる。

「お願いします」

ずいっと迫りくるマリコの圧はいつにも増して強い。
のけぞり気味になりながらも、藤倉はマリコの求める答えを教えてやった。

「ありがとうございます!」

「お前たち…」

「はい?」

「いや、何でもない。気をつけて行けよ」

「はい。ありがとうございます!」

いっそ清々しいほどの返事に、藤倉はこらえきれずに破顔した。
土門が戻ってきたら、二人揃って『交際届』を提出させよう。

さて、何をどう聞き出してやろうか…。

土門の顔が見ものだな、と藤倉は一人ほくそ笑むのだった。



予定の勤務を終え、警視庁を出たところで、土門はありえない光景に足を止めた。
信号の向こうで「土門さん!」と手を振っている人物は幻か?
しかし青信号とともに、幻は徐々に土門へと近づいてきた。

「榊。………どうして」

「会いたくなったから来ちゃった」

照れたようなマリコとは対照的に、土門は感情を押し込め、能面のような表情でマリコを見返す。

「とりあえず、俺の泊まってるホテルで話そう」

「うん」

マリコは特に気にした風でもなく、素直に土門に従った。
地下鉄に乗り、数駅先で二人は降りた。土門の宿泊しているビジネスホテルは、駅からほど近くにあった。フロントを通り過ぎ、エレベーターに乗る。目的の階につくと、土門はポケットからカードキーを取り出し、部屋の扉を開けた。

「入れよ」

「うん」

マリコが部屋に入ると、土門は後ろ手に鍵をかけた。

「なんで来た?」

低い問いかけにマリコが振り返る。

「え?」

「忙しいと言ったはずだ」

「でも、明日は非番でしょう?藤倉部長に聞いたの」

「勝手なことをするな」

土門はピシャリと言い放った。

「勝手なことって…」

マリコは悔しさと悲しさと怒りがぐちゃぐちゃに混ざった気持ちになる。

「どうしてそんなに怒るの?会いたくなったから来たのが、そんなにいけない?それとも私が来たら困ることでもあるの?」

マリコの瞳に疑念が宿る。
もしかして、他の女性と…。

「バカ言うな。そんなわけないだろう」

「じゃあ、どうして来ちゃいけないの?」

「お前。自分だけだと思ってるのか?」

「?」

「会いたいのは、自分だけだと思ってるのか?」

「土門さん?」

「俺だって同じだ。いや、お前以上かもな。お前に会いたくて、声を聞きたくて、………触れたい」

土門は立ち尽くしたままのマリコを抱きしめた。

「会ってしまったら、離れがたくなる。帰せなくなると分かっていたから、来るなと言ったんだ」

土門はいったんマリコの体を開放すると、今度は背中を壁に押し付けた。

「でも、お前は来た」

土門はマリコの顎に手を添えると、クイッと上向け、視線を合わせた。

「お前の言うとおり、俺は明日非番だ。だから今から24時間お前を離すつもりはない」

挑むように言うと、土門はマリコに口づけた。
マリコの体が緊張に強ばる。

「怖いなら、早く帰れ」

「嫌よ」

「聞き分けのない…。本当に帰れなくなるぞ?」

冷たい言葉とは裏腹に土門の唇は驚くほど優しくマリコに触れていく。
抱きしめられる体温が心地よくて。
口づける合間の息遣いが気持ちよくて。
マリコは徐々に理性が蕩けていくのを感じた。

「望むところよ。だって、そのために来たんだもの」

瞳を潤ませたマリコは背を伸ばし、お返しの口づけを土門へ送る。

「会いたかった、土門さん」

吐息混じりの掠れた囁き。
嘘偽りないマリコの真っ直ぐな想いと言葉に、ようやく土門の心が素直になっていく。

「………俺もだ」

マリコを求めすぎて、暴走する気持ちを止められなかった。
誰よりも大切にしたい人なのに。

「すまん、榊」

「バカね…」

小さな口づけを交わし合いながら、二人はシングルベッドへ沈んでいく。
狭さなんて気にならなかった。
手も心も、そして…。
ずっと繋がりあった二人だから。



fin.


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