つまりは、そういうこと
「こいつを確認しに行けばいいんだな?」
「そう。土門さんが忙しければ、蒲原さんにお願いするけど」
「お前…あれを見ろよ」
「え?」
土門に言われて蒲原のデスクの方に目を向けると、そこには見慣れない女性がいた。
「蒲原さんの知り合い?」
「だろうな。同じくらいの年齢のようだから、同期かもな。それにこの時間だ。大方、二人で飯の相談でもしてるんだろう」
「…………………」
「何だ?」
「土門さん、すごい推理力ね」
感心するマリコに、土門は苦笑する。
こんなのは推理でも何でもない。大体皆が普通に気づくことだ。それに気づかないマリコの方が変わっているのだが…武士の情け。それはあえて言わずにおく。
「お前よりは、男女の機微に目ざといだけだ」
「え?あの二人付き合ってるの?」
流石は榊マリコだ。
「いいから。アイツらのことは放っておいてやれ。絶対に声をかけたりするなよ?」
「わ、わかったわよ…」
マリコには、なぜ土門がそんなに目くじらを立てているのかわからない。
「まったく。お前が出ていくと拗れるだろうが…」
ため息と共に溢れた小声は、マリコの耳には届かなかったようだ。
蒲原がマリコを慕っていることは、土門も気づいている。以前は多少恋愛めいた感情もあったかもしれない。しかし今は、尊敬や信頼といった気持ちからマリコを慕っている。
土門はそんな蒲原を頼りに思い、また感謝もしていた。齢を重ね、自分ではマリコをフォローしきれない場面もしばしば増えてきた。そんな時、蒲原は自分の代わりにマリコに協力してくれている。それが土門には有難かった。
本音を言えば、マリコのことは全て自分で背負いたい。若い頃なら、誰かに委ねるなど絶対にしなかっただろう。
けれど、そんな意固地な考えも少しずつ変わってきた。無理をして大切な相手を危険に晒すより、皆で協力してその危険を回避できれば、それが一番いいだろうと。
「とにかく、今日は頼みがあるなら俺に言え」
「でも…。土門さんだって忙しいでしょ?」
「誰かに振れる仕事は、別の若い奴らに頼むさ。お前を優先するから安心しろ」
「本当?」
「じゃないと、お前は一人で勝手に動くからな」
「そんなことない」とは言わないマリコの瞳がキラリと光る。
「おい、あんまり無茶はするなよ。俺もフォローしきれん」
「大丈夫よ。その時は私が土門さんのフォローをしてあげるから」
「!」
土門は目から鱗な気分だ。
「私だって土門さんを守れるわ。だから、頼って」
マリコはマリコで、心配していたのだ。
人は誰でも等しく歳をとっていくのだから。
「わかった」
土門の返事に、マリコはほっとしたような笑みを浮かべた。
「ところで、まだ時間あるか?」
「え?ええ」
「それなら、たまには一緒に行くか?」
土門は、ひらひらと書類を振って見せる。
「うん!」
「今からだと、帰りは遅くなるな…。おい」
「なあに?」
「晩飯、何食いたいか考えておけ」
「ごちそうさま♪」
「お前は!変わらんな」
軽やかに笑いながら、土門は覆面の鍵を手にとった。
そして、マリコはその隣を歩く。
時々、二人の肩が触れ合う距離で。
fin.
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