つまりは、そういうこと



祐奈が次に研修で京都府警本部を訪れたのは、ちょうど昼時だった。交通課の同期を誘い、一緒にお昼を食べようと二人で食堂へ向かった。

食堂はそこそこ混雑していた。
そのテーブル席の一つに蒲原の姿があった。彼は一人ではなく、白衣を来た女性と一緒だった。向い合せで座った二人は、始めこそ真剣な顔で会話をしていたようだが、今は二人とも笑い声を上げながら箸を進めている。

「ねえ。蒲原くんと一緒にいる人って誰か知ってる?」

祐奈は同期にたずねた。
彼女は「科捜研の榊マリコさんよ」と教えてくれた。

「蒲原くんと榊さんて、一緒に仕事をしてるの?」

同期は祐奈の疑問に「ああ」という顔をした。

「もともとは蒲原くんの上司が、榊さんと長年一緒に捜査?していたらしいの。で、蒲原くんが今はその上司の相棒になったから、流れで榊さんと蒲原くんが一緒に動くことも多いみたいね」

「そうなんだ」

祐奈は少しだけ得心がいった。

それにしても、随分と楽しそうに食事をしている。見ればマリコから小鉢を分けてもらって、蒲原は恐縮しつつも嬉しそうだ。
そんな二人の間に、一人の男が割り込んで来た。
祐奈が質問する前に、「あれが蒲原くんの上司、土門さん」と同期に説明された。

「ふーん」

何気なく土門を観察していた祐奈は「おや?」と違和感を覚えた。
土門は蒲原ではなく、マリコの隣に座ったのだ。
別に座る席に決まりがあるわけではない。
ただ何となく。
同じようなシチュエーションのとき、祐奈なら蒲原の隣に座る。
それは、マリコより蒲原の方が祐奈とは親しいからだ。

同じように考えれば、土門にとっては蒲原の方が同じ部署で、なおかつ後輩だ。
マリコより、蒲原の隣に座るような気がするのだが…。
祐奈の気にしすぎなのだろうか?

しばらくは3人で食事を続けていたが、先に食べ終えた蒲原が席を立った。それを目で追っていた祐奈は、視界の隅に映った光景には気づかなかったようだ。
そこには…。

「もう少し食えよ。ほら、これもやるから」

自分の皿から、おかずをマリコの器へ乗せる土門。

「ええ!そんなに食べられないわよ」

「ダメだ。全部食べ終わるまで見てるからな」

「もお…。いじわる」

「ははは」

…などと、いい大人がこっ恥ずかしいシーンを演じていた。



夕方、研修を終えた祐奈は捜査一課をたずねた。蒲原に前回の約束を守ってもらおうと思ったのだ。

「蒲原くん。お疲れさま」

デスクでPC作業中の背後から声をかける。蒲原が椅子ごとくるりと振り返った。

「新津さん!今日も研修?」

「そう」

「この前はごめん」

「埋め合わせは、今夜でどうかな?」

「うん。大丈夫だよ。何か食べたいものある?」

「もしかして、ご馳走してくれるの?」

「前回ドタキャンしちゃったからね。高級フレンチとかは無理だけど」

「うーん、どうしよっかな」

嬉しくて舞い上がりそうな祐奈は、ニヤける顔を、悩むフリをして何とか誤魔化した。

するとその時、廊下に封筒を手にしたマリコが姿を見せた。

蒲原は座ったまま廊下に背中を向けているため、気づいていない。一転して、祐奈は真剣に悩みだした。マリコの来訪を目の前の彼に伝えるべきか否か。教えれば、また今夜の約束は流れてしまうかもしれない。

「はぁ…。……………蒲原くん」

「うん?」

「あれ」

「?」

祐奈が後ろを指差すと、蒲原が振り返る。

「あ!」

蒲原はすぐに椅子から腰を浮かせる。

ああ、やっぱり。
彼にとって榊マリコという女性は特別なようだ。

祐奈は肩を落とした。

ところが。

蒲原が立ち上がるより早く、マリコが動いた。こちらに向かってくるのではなく、逆に廊下の先に顔を向け、何事か話している。そしてマリコが差し出した封筒を、伸びてきた手が受け取った。その手の人物は、さっき祐奈も食堂で見た土門だった。

土門はすぐに封筒から資料を取り出し、いくつかマリコに質問しているようだ。マリコは土門に近づくと、資料を指差しながら説明している。

「何か………近い?」

「土門さんとマリコさん?」

「あ、えっと…」

思わず心の声が漏れてしまったらしい。

「あれが通常運転なんだよ」

「そうなの?」

「うん。俺が土門さんのバディになった時には、もう二人はあんな感じだったし、当たり前すぎて、誰も何とも思わないんだよ」

「刑事と研究員なのに?」

「うん。本当に不思議だよ。でも…きっとあの二人が特別なんだ。俺が同じようにしようと思っても多分無理だろうな」

蒲原は羨まし気に言う。
その表情には、少しだけ悔しさが滲んでいるようにも見えた。

「私、蒲原くんは榊さんのことが好きなのかと思ってた」

「ええ!ものすごく尊敬してるけど、好きとは少し違うかな。俺なんかが手に負える女性じゃないし。第一、割り込む気にもならないさ」

「割り込む?」

「いや。何でもないよ」

口が滑った蒲原は首を振る。

「土門さんが戻ってきたなら、俺にマリコさんからの依頼はないと思うから、今夜は新津さんに付き合うよ」

「ありがとう!それじゃぁ…」

祐奈はさっそくスマホでお店を探し始めた。

この後、二人きりの食事のはずが、何故か同期会になってしまったことは…よくある流れ、かもしれない。


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