桃色吐息



京都は盆地だ。
夏はうだるように熱い。
そして真冬の今は凍えるほどに冷え込んでいる。
そんな寒さの中でも、事件は起きる。

不審死体が発見されたという一報を受け、土門は早朝から現場へ呼び出された。氷点下の空気に、この場にいる誰もから白い息が漏れていた。

やがて、見慣れた濃紺のバンが規制線近くに到着した。赤いブルゾンを着込んだ君嶋、亜美が降りてくる。続いて運転席から宇佐見も姿を見せた。そして最後に白衣のマリコが揃い、4人は土門に向かって歩いて来る。

土門が右手を上げると、マリコはちいさく頷いた。

「おう。検視を頼む」

「わかったわ」

ご遺体のそばにしゃがみ込むと、マリコは死者へ両手を合わせた。ところが、マリコはなかなか検視を始めようとはしない。土門は首を傾げ、マリコを見た。

「……おい、ちょっと来い」

「土門さん?」

土門はマリコの腕を引き、立ち上がらせた。
 
「あの!検視は?」

「すまんな。少しだけ待ってくれ」

カメラを構えた亜美へ答えると、土門はマリコの背中を押した。

人目の届きにくい建物の影へ移動すると、土門はおもむろに着ていたコートを脱いだ。そして、マリコの肩を覆う。

「土門さん?」

さらに土門はマリコの手を握る。
思った通り、その手は氷のように冷えていた。

「なんでそんな薄着で来たんだ」

「え?」

「寒すぎて手が動かないんだろう?」

「…………………」

マリコの目が泳ぐ。
図星だ。

「まったく…」

土門は握ったままの手を口元へ近づけると、「はぁ…」と息を吹きかけた。

「ど、土門さん!誰かに見られたら…」

「みんな仕事に集中してるだろ」

「で、でも」

「うるさい。…はぁー」

慌てるマリコを気にもせず、土門は何度も繰り返し息を吐く。そのうちに、冷えたマリコの手はじんわりと温まり、指先のこわばりが解け、血の気の引いた爪にも赤みが戻った。

「ありがとう。もう大丈夫」

土門はマリコの手を離した。

「土門さんが風邪ひいちゃうわ」

そう言って、コートも返そうとしたマリコだったが、「着てろ」と却ってしっかり着込まされてしまった。

「検視が終わったら返してもらう」

「でも!」

「俺はお前より頑丈だ。それに、お前が倒れたら看病するのは誰だ?」

「うっ」

そう言われてはマリコには反論できない。

「わかった。急ぐわね」

「ゆっくりで構わん。しっかり頼む」

マリコは頷くと、二人はご遺体のもとへ戻り、改めて検視を始めた。



「あの二人、付き合ってんのか?」

ベテラン鑑識官が、そばにいた蒲原に小声で尋ねる。

「はぁ…」

蒲原はどう答えたものかと、言葉を濁す。
すると、周囲から次々と声が上がってきた。

「前から怪しいと思ってたんだよな」

「お前もか?俺もだよ」

「あの榊さんを堕とすなんて、土門のヤツ…上手いことやったな」

「硬派な顔して、手は早いのか?」

「………………」

盛り上がる集団から、蒲原は少しずつ距離を取っていく。

人目を避けたつもりの二人だったが、実は蒲原や鑑識官たちのいる角度からは、その様子が丸見えだったのだ。

「勘弁してくださいよ…」

無自覚にいちゃつく先輩たちに、蒲原は頭を抱える。

…が。

「俺だって、やってみたいよ」

本音が漏れるのは、若さゆえか。



fin.


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