クリスマスの約束
「榊、約束のことだが」
「もういいわ。土門さんが退院するまで待つわ」
「いや。やっぱり今日、言わせてほしい」
「え?でも………」
「話っていうのは、『これを受け取ってくれ』と伝えたかったんだ」
美貴から受け取った袋から、土門はラッピングされた小箱を取り出すと、マリコの手に乗せた。
「これ………」
「クリスマスプレゼントだ」
「開けてもいい?」
「ああ」
クリスマスのラッピングを解いて蓋を開けると…。
「指輪だと、仕事のときにつけたり外したりが大変だろう?」
そう考えた土門が選んだのは、三日月モチーフのブローチだった。小さなダイヤが埋め込まれた三日月の先端には、ピンクダイヤの星が1つ揺れている。
「キレイ…」
マリコはブローチを取り出すと、煌めく輝きをじっと見つめる。
「その星、俺には北極星に思えたんだ。だから選んだ。俺にとって、お前は北極星のような存在だからな」
「どういう意味?」
「この歳まで刑事を続けてこられたのは、お前が居たからだ。俺が悩んだり、行き詰まったときに、道を示してくれたのはお前だ」
「そんなことない。私だってずっと土門さんに助けられてきたし、その大きな背中に守ってもらっていたわ」
「ねえ」とマリコは言った。
「なんだ?」
「このブローチ、私達みたいね」
「え?」
「小さな星が私なら、大きな三日月は土門さん」
マリコはブローチを揺らしてみた。
「こんな風に揺れて何処かへ飛んでしまいそうな私を、土門さんはいつだってしっかり捕まえていてくれる。迷子にならないように」
ゆらゆらと星は揺れ続ける。
「ああ。俺はお前を離さない」
「ずっと?」
「ずっとだ。だから、もういいだろう?」
「?」
「俺の隣にいろよ。これからはずっと。人生のパートナーとして、な」
「………………」
「わかったか?」
「わからない」
呆然としてマリコは首を振る。
「お前のほうが賢いだろ」
「わからないものは、わからないんだもの」
マリコは駄々をこねる子どものようだ。
土門は仕方の無い奴だな、とマリコの髪を撫でた。
「俺の嫁さんになってくれ」
「私が?」
「他に誰がいる?」
「私でいいの」
「お前がいいんだ。さっきからそう言ってるだろう?」
「私、家事はからっきしよ」
「知ってる」
「事件が起きれば、仕事が優先よ」
「お互いさまだろ」
「……………」
「他に何か気になることはあるか?」
「…………………ない」
「じゃあ、決まりだな」
「何だか釈然としないわ」
土門は思わず失笑した。
「科学者は頭で考えてばかりだ。たまには本能に従ってみたらどうだ?お前は俺と一緒にいたいのか?いたくないのか?」
「そんなの……一緒にいたいに決まってる!」
マリコは土門に抱きついた。
「私を土門さんのお嫁さんにして」
「承知。………いてて」
「あ、ごめんなさい」
慌てて離れるマリコを土門が引き止めた。
「逃げるな。やっとお前を抱きしめられたんだ」
「でも!」
「しばらく堪能させろ」
土門はマリコの髪に顔を埋め、芳しい香に酔いしれる。
「土門さんの目が覚めて、本当によかった」
マリコは包まれるぬくもりの中で、ほうと息をついた。
「離さないと言っただろ。俺はお前を一人にはしない」
「絶対?」
絶対なんて、この世にはない。
そんなことは二人ともよくわかっている。
それでも、土門は答えた。
「絶対だ。約束する」
「ありがとう。土門さん。…大好き」
驚愕に、土門はすごい勢いで抱きしめていた腕を解いた。
「いてぇ!」
土門は悶絶する。
傷口は閉じていても、抜糸が済むまでは皮膚が引きつれて痛むのだ。
「やだ!ちょっと、何してるの?大丈夫?先生に安静にしなさいって言われてるのに、もう!」
自分が怒られるのは不条理な気がするが、今は痛みで反撃もできない。
でも。
この痛みは、生きていられることと、マリコから思わぬ告白を聞けた代償かもしれない。
そんな痛みなら大歓迎だ。
土門は顔をしかめながらも、マリコの腕を掴んだ。
「土門さん?」
「俺も、お前が好きだ」
――――― 榊を離さない。
――――― 土門さんから離れない。
二人で一緒にいよう。ずっと、ずっと。
叶えよう。
新たな二人の。
クリスマスの約束を。
fin.
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